なあ兄弟、こんな言葉を知ってるか?
『心は身体についてくる。』
『事実は言葉についてくる。』
身体が繰り返したことと、言葉にして言い続けたことは、ホントウになるんだ。
だから俺は、試し続けてみようと思う。
どこまで繰り返せば、お前の心が、お前の身体についてくるのか。
これからも、ずっと。
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Stay gold 4
――――――――――――――――――――
「調子が悪そうだな、兄弟。」
目を覚ますと自分の……いや、自分によく似た金時の顔が視界を覆っていた。
「…………んだ、朝……か、よ。」
驚かされるが、目がマトモに開かない。
身体がダルい。全身がとてつもなく重い。
「どうした兄弟。起きねーのか?」
金時の顔が更に近づいてくるが、避ける気にも、退けさせる気にもならない。
「あと……少し、寝か……せろ。」
瞼を閉じてしまっていたが、自分の言葉に金時が溜め息をついたらしいことは、気配で伝わってきた。
「…………しまった。これはちょっと、重症……だな。」
「……しまった……って、どういう……コトだ、コラ。」
話すのもしんどくて、言葉が途切れ途切れになる。
何が重症だ。第一、〈ちょっと〉と〈重症〉って矛盾してんだろうが。意味わかんねーよ。
後半も口に出して言い返してやろうと思ったが、これ以上は声を出すのも億劫だった。
身体よりも、頭の中が重い。
「最近ずっと忙しくさせ過ぎたかもな。あんまり無理すんなよ。」
「……テメーで、そう……しといて、なに言ってやがる。」
「新八から、そう依頼されてたからな。けど、今日はもう休みにしたって大丈夫だぜ? 未払になってる給料も家賃もなくなったから、今までみたいに急いで、必死こいて金を稼ぐ必要はねぇ。」
優しい声と表情で囁く金時は、とてもカラクリとは思えない。たまのほうにはカラクリらしいと感じられる部分がいくらでもあるが、金時は自分を模して作られているせいか、所作も話す内容も、どこまでも人間くさい。
「新八が出勤して来て、朝飯の支度が整ったら起こしてやるから、今日はもう少し寝てろ。」
妙に優しい金時の声に抗えない。夜に聞く声と似ていて、従えばとても気持ちいい気がしてしまう。
瞼を閉じるようにそっと乗せられた金時のてのひらも、冷たくて気持ちいい。
重たい意識はあっと言う間に、再び眠りに吸い込まれていった。
「っつーコトで、今日は万事屋の仕事をちっと休みにしようと思うんだ。」
朝食の支度を整えてから、金時は本日の休業を宣言した。
「この一週間、休みなしで働いたしな。兄弟も……そんな調子だから、そろそろ休養も必要だろ。」
金時に視線を向けられた銀時は、まだ寝ぼけ眼ではっきりしない視線を漂わせている。
「銀さんがこのくらいのことで疲れちゃうとは思えませんが、確かに。ちょっと具合悪そうですもんね。」
「別に疲れちゃいねーよ。ここ最近は、何か調子がノらねーだけで、」
「真面目な生活が身体に馴染まないアルか?」
「失礼なコト言うんじゃねーよ。誰が不真面目だ。」
「銀さんのコトに決まってるじゃないですか。たった一週間マトモな社会人生活を送っただけでそこまで疲弊するって、とてつもないマダオっぷりですよ。」
「おめーは銀さんを心配してんのか貶してーのか、どっちかにしろ。」
が、これまでの自分の自堕落っぷりを考えれば、真面目な生活に身体が馴染まない説も否定できないから恐ろしい。
……けど、違うよな。不調の原因は確実に、毎晩見てる、例の夢のせい、だろ?
これだけは間違いない。
夢の中の出来事のはずなのに、相変わらず朝起きると、身体も疲労を訴えている。腰が痛い。脚が痛い。ちょっと口には出せない部分に、明らかに擦られた感覚が残っている。
総てが、もう気のせいでは済まされないレベルのものだ。
それなのに、これら以外の痕跡は一つも残されていない。夢なのだから当然だと言われればそれまでだが、それでも、肛内に大量の潤滑剤を突っ込まれるあの感覚が、夢にしては生々し過ぎた。 吐精した瞬間、何も出せない状態でイかされた瞬間、総ての感覚が強烈だった。
思い出して、腰の奥にまた熱が溜まる。
――――って、ちょっと待て自分!!
ソレは最低だろ!!
今は新八も神楽もいるんだぞ!!
「……とは、手許にある現金の量が多すぎっから、そろそろ銀行に行ってこねーと……だな。」
「そうですね。」
下半身の器官に熱が集中してしまいそうになるのを、目の前の会話に意識を集中させて何とか散らす。
「なに、銀行の口座に金入れてくんの? そんくらいの仕事なら今の俺にもできそうだわ。任せろ。俺がひとりで銀行まで行って、その金を間違いなく俺の口座に突っ込んできてや……、」
「銀さんにだけは任せられません。」
「誰かひとりに行かせるっていうなら、金ちゃんか新八が適任アル。」
銀時は金時が枚数を数える札束に手をのばそうとしたが、新八と神楽の容赦ないコメントによって阻まれる。
「俺の口座に入る金じゃねーかソレ。」
「…………そうしょげるなよ兄弟。今日は一日休みにして、帰りに甘いモンでも食って帰ってこようぜ?」
「こんだけ毎日朝から晩まで一緒にいるってのに、何で休みの日までおめーと一緒にいなきゃなんねーんだよ。」
「まあそう言うな。兄弟が好きそうな店はリサーチ済みだし、これからしばらく金には困らねーんだ。今日くらい、豪勢なデザートでも食いに行こうぜ?」
「おかわりしてもいいアルか?」
「好きなだけしていいぜ?」
「僕も、たまには外で美味しいものが食べたいですね。」
「任せろ。そっちのリサーチも完璧だ。」
神楽と新八の要望に笑顔で応える金時に、銀時はぐったりして力の抜けた体勢のまま、呆れた視線を向けた。
俺を扱う時と違いが過ぎるんじゃねーかコラ。
万事屋一行が金時を先頭にして訪れた銀行の入り口で、銀時は呻いた。
「…………なあ。」
「ん? どうした兄弟。」
「何で、よりにもよって、ココなんだよ。」
「銀ちゃん、何を不機嫌そうな顔してるアルか?」
不思議そうに銀時を見る新八と神楽。涼しい表情で銀行の入り口を見つめる金時。
実はここは、銀時にとって、とある一件以来あまり訪れたくない場所になっていた。
例の、土方と身体を交換した例の事件以来だ。
「兄弟の銀行口座が作ってあんのは、この支店だろ?」
「金入れるだけなら別の場所でだってできんじゃねーかよ。何でわざわざここまで来たんだよ。」
銀時に厭そうな視線を向けられても、金時は全く気にしない素振りで辺りを見回す。
「他にも用事があるんだよ。……お、ちょうどいい処に。」
「……ん?」
銀時が金時の視線の先を追うと、そこには久しぶりに見る、土方の姿があった。
「…………おお、」
「あ?」
銀時から向けられた視線に土方も気づき、彼もこの場所に用事があったのか、入り口に佇む万事屋一行に近づいて来る。
「あ……えっと、久しぶり……じゃね?」
銀時がややぎこちなく手を上げて声をかける。
「……おう。」
土方がそのぎこちなさに気づいてやや怪訝そうな表情をみせたものの、特に言及はせず、立ち止まったそばから愛用の煙草に火を点けた。
「てめーにしちゃ珍しく、最近は真面目に働いてるみてぇじゃねーか。」
「ん? あ……あ、そういえば、そう……かな。」
何故か心拍数が上がって、勝手に視線が泳いだ。
まるで疚しいことがあって、それを隠したい時のような気分だ。
――――って、何でだよ。
疚しいコトなんかひとつもねーっての。何でぎこちねーんだよ俺。
そりゃ、確かに土方君とは久しぶりの遭遇ですけど……だからって、何でこんなに緊張すんだよ。
「んで、そっちの……は、」
見慣れぬメンバーに土方が視線を向ける。銀時と全く同じ顔と色違いの服装で銀時の隣に立つ、銀時そっくりのカラクリに。
「ああ、えっと、コレ……は、」
どう説明しようか迷った銀時の隣で、新八が金時を紹介する。
「こちらは代理用万事屋リーダー超合金完全体坂田銀時、要は、銀さんそっくりのカラクリ、坂田金時さんです。」
「……カラ……クリって、おめーらは、」
新八の説明に土方ががっくりと力の抜けた、うんざりしたような表情になる。
「何だってまたこんなしょうもねーモンを……こんな駄目ニートをモデルにしたカラクリなんか作ってどうすんだよ。」
「ちょっと待てコラ。それはさすがに俺に対して失礼だろうが。」
「そうアル。銀ちゃんと違って、金ちゃんは真面目に仕事をしてくれるアル。銀ちゃんにはともかく、その言い方は金ちゃんに対して失礼ネ。」
「……本当かよ。」
「待て神楽。俺のフォローをしろ。」
銀時の言葉はすっぱりと無視して、土方が金時に疑わしげな視線を向ける。金時はそれを平然と笑顔で受け止めていた。
新八と神楽は笑顔で、自分と違っていかに金時が頼りになるカラクリかを土方に力説している。
「………………、」
銀時だけがひとり、落ち着かない気持ちでそれを見つめていた。
コイツと一緒にいる時に土方君に遭遇しちゃうとか、落ち着かないんですけど。だいぶ気マズイんですけど。
……金時の野郎、ヘタなコトを口走ったりなんかしねーだろうな。余計なコトを言ったりするんじゃねーだろうな?
自分が口を開くと墓穴を掘るような気がしてしまい迂闊には口を挟めず、銀時は金時たちが土方と話すのをびくびくしながら見つめてしまう。
…………って、何でだよ!?
何で隣に金時がいて土方と会うと落ち着かねー気持ちになるんだよ。何が気マズイんだよ。何をびくついてんだよ!?
意味解んねーだろ自分!!
訳の解らない己の思考に困惑する。
金時から土方に告げられて困るようなことなどひとつもないはずなのに、何かを隠しているような気持ちになる、どうしてか落ち着けない自分がいる。
……どう……したってんだよ、オイ。
混乱していく頭の中から一旦離れようと、目の前の会話に集中すると、新八が何やら改まった表情で土方に話しをしていた。
どうやら土方が万事屋として新八らを世話していた時のことについて話しているらしい。
あの時はお世話になりましただの、銀さんが銀さんに戻ってからは相変わらず生活が苦しいだのと、随分と失礼なことを言われている。
「また給料を未払いにされてんじゃねーのか?」
「ちょっと前まではそうだったんですけど、今はこの通り、金さんに来てもらって万事屋の運営をサポートしてもらってるので、お給料も家賃もバッチリです。」
新八は無駄に爽やかな笑顔で告げていた。
「そういうワケで、俺がいるからこっちのことは心配してくれなくても大丈夫だ。」
「……別に心配なんぞしちゃいねぇよ。」
そういえば、あの一件以来、土方は〈密かに〉万事屋の従業員に対する賃金の支払状況を気にかけ続けているらしい。本人は〈密かに〉のつもりらしいが、周囲から見るとバレバレなのだが。
「んで、そんな万事屋の経営再建を任されている俺から、ちょいと副長サンに相談があるんだが、」
「あ? 何でそんなことでおめーが俺に用があるんだよ。」
「そう邪険にすんなって。頼むからちょっと来てくれよ。」
手招きされて、厭そうな態度を示しつつも、土方は金時の言葉に従った。他の三人からは見えない位置に移動して、金時は土方に何かを見せている。
「……んだ?」
「どうしたんでしょう?」
「金ちゃんがマヨラーに用があるなんて、珍しいアルな。」
銀時と新八、神楽の三人がふたりの背中を見つめる。
しばらくすると、土方の背中がびくりと震えて、信じられないものを見るような目で金時を見てから、再び見せられている何かを覗き込むような仕草を何度も繰り返した。
「…………おい? 何やってんだおめーら。っつーか、土方君? 挙動不審になってますけど? いったい何して……、」
「テ……メェは!! この画像をいったいどこで――――!?」
「ありゃ? 入ったコトあるだろ? 万事屋のいつもコイツが寝てる部屋だよ。」
驚愕に目を見開きながら問う土方に、金時はけろりとした表情のまま告げている。
「そういうコトを言ってんじゃねぇ!! おい、ぎ……万事屋テメェ!! いったいコレはどういうことだ!?」
明らかに混乱している様子の土方に、銀時はたじろいだ。
「な……何をギャアギャアと騒いでんだよ。いったい何があったって――――、」
「とぼけんな!! コレはいったい何だ!?」
「あ、いや待て兄弟。おめーはまだ見なくて、」
金時が土方に見せているものを銀時が覗きこもうとしたのと、金時がそれを回避しようと手を引き、土方がそれをひったくるように奪って銀時の眼前に差し出したのが、ほぼ同時だった。
「え? ……って、な……――――――――――――ん!?」
とんでもない映像が飛び込んできた。
金時が取り出した小さな画面に映る自分。音声はオフにされているが、何をしているのかは、問うまでもない状況の自分。
金時の上に跨って、乱れきっている自分。
目にした瞬間、驚愕のあまり声が出なくなった。そしてその驚きを凌ぐ勢いで、頭の中にとんでもない量の記憶が一気に甦ってきた。
身体の奥深くまで、蠢く何かで突き上げられた。
何度もイかされて、声を封じられて、喘がされて……
終わったら絶対に、『――』!!
テメーは一発、本気で打ん殴ってやる――――!!
あれ……は…………
金…………時――――――――!!
俺……が、誰か判らずに、夢の中で、ずっと判らずに抱かれていたのは――――――――!!
「あ……っちゃ〜。」
目の前にいる、このカラクリだった。悪びれもせず、ヘラヘラとよく見知った表情で笑う、この、カラクリ坂田金時。
汗をかかない肌。在り得ない動きを繰り返す、いつまでも萎えない屹立。命じられるまま従わされてしまった行為。ただの一言、命じられただけなのに、封じられてしまった声。どうしてかずっと思い出せなかった、夢だと思わされていた行為。
それは……つまり――――――――
「あっちゃ〜じゃねぇよ。オイ冗談じゃねーぞコレ!? 夢だと思ってたら夢じゃなかったとか、おまけに録画されてたとか、聞いてねーぞおいいいいいいいい!?」
「そりゃあ、言ってなかったからな。言ったら兄弟、絶対に厭がるだろ?」
「当ったり前だろうがああああああ!! つーかお前……っ!!」
「ん?」
「ずっと俺に、勝手に変な催眠かけてやがったな!?」
「――――――っえ!?」
催眠の言葉に、新八が即座に反応した。
「ちょ……待って下さい! 金さん、そんなことは一度も、」
「最中にあんだけ喘がされてんのに声は出せねーとか、どうしかずっと相手が誰だか判らねー状態だったとか、あと……色々!!」
「命令に逆らえずに、とんでもねぇコトさせられちまった……とか?」
「――――ってめ、デケェ声でそういうコト言うな!!」
「銀さんん!?」
ふたりの会話に新八が真っ赤になる。
「おいテメェ、催眠だとか何とか言いやがったな? ソイツにいったい何をしやがった!?」
問う土方の表情は怒気が溢れた。
しかし相も変わらず、金時は涼しい表情を崩さないままだ。
「ここにいる兄弟に、夜の間だけ、ちょっとした暗示をかけた状態で身体を弄らせてもらったんだよ。相手が俺だと判らないようにして〈好きな相手に抱かれてるように感じる〉って思い込ませて……な?」
「――――っな!! ……っ、だから……って、」
先程、金時に見せられた映像での銀時の乱れようを見ていたからだろう。その言葉に、土方は一瞬だが喜色を隠しきれなくなり、それを表情に出してしまった。
取り繕うようにしてすぐに必死でけしからん、といった表情を保とうとするが、この場にいた全員にその変化を見られていたので、完全に手遅れだ。
「ついでに、声を出させねーようにしたのは大人の配慮だ。声を出して喘げなくて辛そうなカオする兄弟が見たかったからとかじゃねーぞ。断じて。」
「絶対そうだったんじゃねーか。オイ、土方。とりあえず話しはもういいな? この性質の悪ぃカラクリ、今すぐこの手でスクラップにしてやる!!」
「そ……う、だな。こんな性質の悪いカラクリは、確かに早めに始末しておかねーと、」
「あれ? 俺のコト、スクラップにしちゃってOK? そうするとさっき見せたこの兄弟の映像、もう二度と見られなくなっちゃいますけど?」
「…………っ!!」
その言葉に、土方は露骨に躊躇った。
が、銀時は土方の躊躇いに気づかない。
「OKに決まってんだろうがっ!! 速攻でボッコボコにしてや……、」
「……いいや、ちょっと待て!! 猥褻画像の取り締まりも警察の大事な仕事のひとつだった気がする!!」
金時と銀時の間に、土方が割って入った。
「え……ちょ、土方さん?」
「マヨラーも遂にマダオの本性表したアルな。」
「テロリスト相手が専業の武装警察がナニふざけたコトぬかしてんだおいいいいいいいい!!」
叫ぶ銀時と冷たい視線を大人たちに向ける子供ふたりを無視して、金時は土方にだけ見えるように、再びそっと小さな画面を差し出した。
「んじゃあ、副長さんに改めて相談だ。話の流れで判ってくれたかとは思うが、コレはアンタの為だけにあるモンだと思ってくれて構わない。この映像、幾らで買い取る? 撮影には細心の注意を払ってるから、当然俺の姿は映り込んでねぇ。今ここで全部を見せることはできねーが、先に進めば進むだけ、内容が充実してるコトだけは約束できるぜ?」
金時に差し出された画面を無言で覗きこむ土方。
「ちょっと? ねぇ土方君? そのカラクリをスクラップにするんじゃねーの? ねぇ。ちょっと? もしもし? 聞いてます? おふたりさん?」
しばらくすると土方がそっと金時から離れた。
「全部言い値で買ってやる。」
腕を組み、仁王立ちで、力強く宣言する。
「まいどあり〜。」
「……お……めーら、纏めてスクラップにすんぞコラ。」
「まあ待て。確かにコイツはギッタギタのメッタメタにぶち壊してスクラップにしてやりてぇところだが、画像の回収のほうが先だ。」
そう言う土方の表情は、既にどこか締りのないものになっていた。
「お前ぜってーバカだろおおおおお!!」
「ああ、そうだ。副長さん、ご要望があるなら、次はもっと明るい場所で高解像度の撮影をしてくることもできるが、どうする?」
「よし。テメェをスクラップにすんのはまた今度だ。ついでに調子の悪いところがあるならメンテナンスも真選組で請け負ってやる。特に画像関連の部分に発生する不具合は深刻な影響を与えるからな。経費で落としてやるから、必要があるならどんな些細なことでも遠慮なく言え。完璧なメンテナンスを……、」
「土方あああああああああ!!」
「ああ、そうだ。割り増し料金はかかるが、言わせたいセリフを好きなシチュエーションで言わせるってオプションもあるぞ。」
「最高級のオイルを買って来てやる!! てめーはこの後ちょっとつきあえ。ふたりだけでゆっくり話すことが……、」
「殺すぞお前らあああああああ!!」
「そう喚くなよ兄弟。俺はカラクリだぜ? かなり高性能な大人の玩具だと思えばたいしたコトはねーだろうが。」
「そうだ。相手はカラクリ。機械相手に何を神経質になってんだ。」
「土方アアア!!」
「落ち着け。ちゃんと嫉妬してるし怒ってるぞ。ただモノゴトには優先順位ってモンがあって……、」
土方は言いながら、ごそごそと財布の中身やらカード類やらを確認しだす。
「ちゃんと嫉妬してるっておかしぃだろおおおおおお!!」
「ああ、副長サン、悪ぃが万事屋の支払いは現金オンリーなんだ。カードは遠慮してくれ。」
「あぁ? しょうがねーな。」
「俺を無視して勝手に話を進めるんじゃねえええええええ!!」
銀行の入り口にいることを完全に失念した大人たちは、尚も大声でとんでもない内容の言い合いを続ける。
「冷静に考えろ土方!! その画像を買い取ったところでソイツの中にデータが残ってたら永久に小出しに金をせびられ続けるんだぞ!? 画像をエサに一生涯集られ続けんだぞ!? 今すぐスクラップにしちまうのが最も賢い方法に決まってんだろ!?」
「……っ!! 確かに……そうだが、」
土方がちらりと金時に視線を写すと、金時が力強い表情で頷いた。
「俺の中に存在するバックアップごとアンタに渡そう。データはアンタだけのものになる。俺の中には何も残さない。ただ、そうなると少々値が張るが、」
「通帳まるごとくれてやる!!」
土方が無駄に格好いい体勢で通帳を掲げた。
「即決すんのかいいいいい!?」
「近藤さんほどじゃねぇが、幕臣ナメんじゃねぇぞ。俺の給料が毎月いったい幾らになると思ってんだ。その画像買い取るための金だったら幾らでも稼いできてやる!」
「いい彼氏じゃねぇか兄弟。」
「冗談じゃねぇぞおおおおおお!! そもそも俺の承諾を得ずに俺の画像をやりとりするんじゃねぇ!! ナニが映ってんだそれ!? さっきちょっと見ただけだけど、ぜってーダメに決まってんだろそんなモン!!」
「銀行口座の名義を交換したくらいの仲なんだろ? 何を今更。おめーらの間に隠すようなコトなんかあったのか?」
「あん時はそうするしかなかったんだっつーの!! しょうがなかったんだよ!! てめーは自信満々でとんでもねぇ認識を暴露すんじゃねぇええええええ!!」
「つーか、そんなことまでこのカラクリに教えてたのかてめーは。」
土方が銀時を睨みつけると、銀時は覚えがないと頚を横に振る。
「通帳の中身を見りゃすぐに判る話だけどな、仲良くなった銀行の窓口のお姉ちゃんが教えてくれたんだよ。大江戸銀行じゃすでに有名な話らしいぞ。兄弟と新選組の副長がそういう仲だってのは。」
『…………は?』
土方と銀時は、ふたり同時に素っ頓狂な声を上げた。
「窓口のお姉ちゃんってどのお姉ちゃんだ!? 銀行のくせにプライバシーとか個人情報の保護とかどういうコトになってんだここはああああっ!?」
先に耐え切れなくなった銀時が叫び、金時に掴みかかる。
「こっちだって冗談じゃねぇわ!! 最近この銀行の窓口行くとやたらヒソヒソされてると思ったら、そういうコトか!?」
次に耐え切れなくなった土方も、金時に掴みかかる銀時に掴みかかる。
「おい、おめーら、こんな処で喧嘩は止せよ。」
『おめーのせいだろうがっ!!』
土方と銀時、ふたりに同時に叫ばれて、金時は降参のポーズで少しの間だけ黙ることにした。
「おめーが他人同士の口座の名義変更はできねぇっつー行員に警察手帳見せて圧力かけたせいだぞ!! どうしてくれる!?」
「警察手帳さえあれば大抵のコトは解決するって言い出したのはテメーだろうが!?」
「そっちだって俺の身体だからってノリノリで窓口に乗り込んで警察手帳振りかざしてたじゃねぇか!?」
「あん時はこんな事態になるとか思ってなかったんだからしょうがねーだろ!?」
大声で恥ずかしい内容の喧嘩を繰り広げるふたりから、新八と神楽はそっと遠ざかっていく。
金時だけは平然とふたりの口喧嘩を眺め、しばらくは好きにさせていたが、ふたりの周りに集まる野次馬が店の前を埋め尽くしそうになったあたりで、流石に仲裁に入った。
「なあ兄弟、新八と神楽に教えてもらったが、副長さんがふたりに渡してた給料は結構な金額だったんだぜ? 兄弟が普通に仕事してたら、今この時点ではまだまだ稼ぎ足りない額だった。」
「だからって俺の画像を売るんじゃねぇえええええええ!!」
「そもそも特定の相手にしか売らねー予定だったんだから、問題ねーだろうが。」
「俺の画像を誰かに売りつけようってコトがそもそも問題だろうが!? おめーの倫理観ってのはどうなってんだよっ!? やることがゲス過ぎんだろうがああああああ!!」
「はあ?」
銀時の言葉に、金時はさも心外そうな表情を見せた。
「……なあ兄弟。いったい誰が俺のオリジナルだと思ってんだ? 倫理観とか道徳心とか、オリジナルにそもそも備わってねーモンなんかがこの俺に搭載されてるワケがねーだろ?」
「………………っぐ!!」
「もっともな話ネ。銀ちゃんの負けアル。」
「ぐうの音も出ませんね。」
「……的を射てやがる。」
神楽も新八も土方も、その場にいた誰もが、思わず金時の言い分に納得した。
「イイじゃねーか。何も問題ねーだろ? これで兄弟名義の銀行口座の残高は一定水準どころか、真選組の副長サンの貯金額にまで達するコトになるんだぜ?」
「その代わり、土方さんの貯金通帳はスッカラカンになっちゃいますけどね。」
新八がやや引き気味の表情で呟いたが、誰の耳にも届かない。
当の土方は「明日からまた気合い入れて仕事すっか……」などと満足そうな表情だ。
現場がちょうどふたりの銀行口座がある銀行の目の前だったこともあり、銀時のあられもない画像の取引はすみやかに、かつ滞りなく終了した。
「それにしても金さん。僕たち、銀さんに迷惑かけるようなコトはしないでくださいって、最初にお願いしてたじゃないですか。」
呆然とする銀時を見て申し訳ない気持ちになったのか、これでは自分が依頼した内容に反している、と新八は金時に不満をぶつけた。
この状況、結果オーライと言ってしまえばそれまでだが、金時がまさかここまでを計算していたとは、どうしても思えない。
「ぱっつぁあん、俺に仕事の依頼をした時の条件、ちゃんと覚えてるか?」
「もちろんですよ!」
壱:坂田銀時以外の人間に対し、催眠波機能を使用しないこと。
弐:この依頼により坂田銀時へ必要と判断される催眠を使用した場合、依頼完了後には必ず総ての催眠を解くこと。
三:とりあえず銀さんの迷惑になりそうなことはしない、を徹底すること。
「……だったじゃないですか。必要な催眠はお願いしますって言いましたけど、勝手に……それに、これじゃ明らかに銀さんに……その、色々と精神的なダメージが……、」
「兄弟が未払にしてた給与の全額支給、未納になっている家賃の全額支払、それから坂田銀時名義の銀行口座の残高をある程度の水準まで回復させること。これが、今回の俺への依頼だったな?」
「そうです。」
「一週間で総てを達成できた。完璧、だろ?」
自信満々で宣言する金時に、銀時がキレた。
「どこが完璧だ!? おもっっっくそ俺に迷惑かかってんじゃねぇかこのボケェエエエエ!!」
「それはお前の勘違いだ。最終的に、今回の副長サンとの取引は兄弟の利益につながると判断した。俺に搭載されているデータベースは完璧だ。この判断に間違いはない。」
「何だ。コイツ、カラクリにしちゃあ随分と話が解るじゃねぇか。」
「もうテメェは黙ってろ土方あああああ!?」
「けど……勝手に銀さんに、変な催眠をかけて……その、アレはナシじゃないですか!?」
金時の仕出かした内容の卑猥さが過ぎたからだろう。新八は必死で言葉を選びながら、尚も金時に抗議する。
「なあ新八、〈必要と判断される催眠〉について、必要を誰が判断するかってのは、決め事がなかったよな?」
「――――っ!!」
「確かにお前たちから仕事の依頼は受けて、必要だったら兄弟を真人間にする催眠を使ってくれ……とは言われていたが、それ以外の催眠を使うな……とは言われてなかったんだぜ?」
「さすがは金ちゃんアル。銀ちゃんがオリジナルなだけのことはあるネ。」
「ロボットに命令する時は、厳密かつ正確に命令しねーと……だぜ? ぱっつぁん。」
「…………っ!!」
愕然として、新八は返す言葉を失う。
「茶目っ気たっぷりな笑いで誤魔化すんじゃねええええ!!」
もう誰を責めたらいいのか解らなくなった銀時の叫び声だけが、虚しく町に響いた。
*
「なあ兄弟。」
金時を源外に返却しに行く道すがら、珍しく銀時が金時を真似るような口調で呼びかけた。
「……どうした兄弟。」
「俺、おめーの催眠を解かれてから頭スッキリしちまって、最中のコトを全部思い出しちまったんだけどよぉ、」
「そうかい。」
「喘ごうとするとひとっつも出なかった声が、おめーに命令された瞬間だけは、声出せるようになってたよな。そういえば。」
「へぇ……そうだったか?」
「ニヤニヤと厭な笑いかたをするんじゃねーよ。腹立つな。」
「だから、オリジナルに倣うんだっつったろ? お前さんがよくする笑いかただぜ? コレは。」
「……俺に、一度も『土方』とは言わせなかっただろうが、てめぇ。」
「神楽や定春に気を遣って、兄弟のヤらしい喘ぎ声は出ないようにしてたからな?」
「……っぐ……ヤら……、」
自分の顔なのが、更に腹立たしい。
「話を逸らすな。テメェ、俺に変なコト命令した時だけは、俺が声を出して応えられるようにしてやがっただろうが。冗談じゃねーぞ。」
そうだ。金時に〈命令〉された時だけは、声を出せた。必要なことを口にしなければならない時はすんなりと、はっきりと声が出てきた。
『す……き、だって。だから、きん……ときぃ、』
そうやって名前を呼んで強請ると、望むままに与えられる快楽。
『欲しいモンは、判りやすく、はっきり口に出して、欲しいって言えよ?』
逆らえない言葉に従わされて貪った、幾つもの行為。
『俺の目ぇ見て、好きって言ってみな?』
まるでパブロフの犬だった。名前を呼んで好きだと言えば、焦らされていた行為も、縛められていた性器も、総てにとてつもない快楽を与えてもらえた。
「毎晩『俺の名前を呼べ』ってしつこく言われ続けて、すっかりお前の名前が口についちまったぞ。」
「…………、」
「ちっとも覚えてねぇな。」
「カラクリのくせに嘘吐くのかよ。とんでもねぇな。」
「何度も言うが、オリジナルに倣うからな。源外のじぃさんは『カラクリは嘘を吐かねぇ』なんて言うが、そんな大前提の存在よりも何よりも前に、俺はお前なんだよ。」
人間くさい、複雑な感情と、含みのある笑みで金時は銀時を見つめた。
「嘘、吐くだろ?」
銀時の頬にてのひらを添えて、金時は口吻けるように銀時に顔を近づける。
「お誘いがありゃ、いつでも馳せ参じるぜ? 兄弟?」
「誰がおめーなんか誘う……か、」
近づいた金時の表情にぞくりとさせられる。
「つれねぇコト言うなよ。」
「――っふざけんな。冗談じゃねぇ。」
身体が勝手に思い出す。
何度も求めさせられた行為。
強制的に人の頭ん中に変な暗示だの催眠だのかけて、好き勝手にしやがって。
そうだ。求めさせられたのだ。断じてあれは、自らの意志ではない。自分は、あんなことを望んでいない。
だから、二度としない。
「新八の依頼はもう終わってっけど、欲しいんだったら、咥えてやるぜ?」
「……――――っ!!」
思わせぶりに開かれる唇に、喉が鳴りそうになった自分に戦慄した。
「ちゃんとお強請りできたらな?」
「だ……れが、」
金時の笑みは、自分がよくする、意地の悪い笑みだった。
必死になって、揺らいだ心を振り払う。
誘惑に引きずられそうになって、迷ってフラフラとコイツについて行こうとした自分がいた時点で、とうに危険信号は灯っているのに。
絶対ヤらねぇ――――っ!!
己を戒めるように誓っておかないと、あっと言う間に堕ちてしまいそうになるのだけは判った。
しばらくは真面目に働こう。
源外に金時を押しつけた後は、振り返らずに走りだす。
身体の奥に灯った熱を振り払うように、全力で。
「次またアイツに来られたら、抵抗できる自信とかまるでねーわ。」
誰にも聞こえないように、本音をひとこと呟いて。