平行世界 SHORT STORY

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 これはある日のいつもの風景
 これが日常ってのは
 もう、相当な問題なんですが……

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 姐御最恐
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「失礼します。」
 何かしら用事があったらしい。
 同じ会社に努める姉が、僕のいるフロアを訪れた。
 これは、こういう状況になってから初めて判ったことだが、社内に身内がいるというのは、実は中々に落ち着かない状況だった。
 姉の事は極力意識しないようにして、自分の仕事に集中する。
 すると近藤さんの叫び声。
「お妙さあああああん!! 俺に会うためにわざわざこんな所まで来てくれたんですねえええ!!」
 ゴシャ――――ッ!!
 続いて、何があったのかは考えたくない、鈍い衝撃音。
「あら、おかしいですね。会社の中なのにゴリラがいるなんて。」
 恐る恐る声がした方向を窺う。吹っ飛ばされて倒れている近藤さんと、穏やかな笑顔を湛えたままぎっちりと拳を握り締めている姉。
「………………、」
 見なかった事にして、パソコンの画面に隠れるように小さくなる。
 姉上の用事があったのは松平部長らしく、隣にある監査部の島に近づいて行く。近藤さんを吹っ飛ばしたままの笑顔を貼り付けて、平然と松平部長に書類を渡し、何かを話している姉。
 実はこういう事、今回が初めてではない。会社の廊下で偶然すれ違った時や社内の食堂、出勤した朝や帰りのロビー。入社してから度々というか、結構な勢いで出くわすこの光景。
 用が済むなりさっさと帰ろうとする姉上を、復活した近藤さんが引き止める。
「お妙さん!! もうお帰りですか!? 折角来たんですからもうちょっとくらい、」
 ガスッ!!
「それじゃ、私はこれで失礼しますね。」
 姉上の肘がキレイに決まり、デスクに沈められた近藤さん。衝撃で書類がぱらぱらと散乱した。
「いえ、コーヒーくらいお出ししま、」
「だ・か・ら、失礼しますって、言ってんだろうがあああ!!」
 ガッシャ――――ン!!
「うわわっ、」
 殴られた近藤さんがこっちまで吹っ飛んできたので慌てて避ける。
 え、やり過ぎじゃないの!?
 近藤さんの口から泡とか出てるように見えますけど!?
「新八〜、こっちこっち。」
 慄いていると銀さんが手招きしてくれたので、そちらに避難する。隣には珍しく高杉さんと土方さんのふたりが並んで立っていた。
「こうなったらしばらく仕事にはなんねーから、休憩にしようぜ?」
 銀さんはしっかり愛用のいちご牛乳も一緒に避難させていた様子。しゃがんでストローを咥えながら既に傍観に徹している。
「……ううう、」
 元凶の身内としては肩身の狭い限りである。
「毎回毎回いい加減にしろやてめえええ!!」
 姉上が女性としては随分と乱暴な言葉を吐きながら近藤さんに跳び蹴りを食らわせた。誰かのデスクを踏み台にしての豪快な一撃。とばっちりが広がりすぎて完全にフロア全体の業務がストップ状態だ。
「……ったく。」
「冗談じゃねえなァ?」
 土方さんと高杉さんは双方ともに渋い表情で腕を組んで、騒動の中心を睨む。
「……リスク統括、何とかしろ。このままじゃ死傷者が出るリスクがある。」
「どう考えても管轄外だろうが。テメェらんトコの上司だろ。そっちで何とかしろや。」
「選り好みしてんじゃねーよ。リスクはリスクだろうが。対応しろ。」
 てゆーか、何とかしろとか言いながら、このふたりもしっかりコーヒー持って避難してるよ。銀さんよりも完全に傍観の体勢だよ。
 無言でコーヒーに口をつけて、互いに視線は一切動かさずに言い合う。
「ンだァ? テメェ、びびってんのか?」
「そりゃてめーだろうが。どう見ても甚だしいリスクだ。止めに行け。」
「テメェが行け。」
「てめーが行け。んでもってやられちまえ。」
「んだとこの、」
 近藤さんと姉上のやりとりを見物する社員達。そしてどさくさに紛れて高杉さん・土方さん目当ての女性社員もそれに加わって、いつの間にか人だかりは更に増えていた。
 ……ああそっか。このふたりが並んでるって、滅多に無いもんな。
 並ぶ高杉さんと土方さんをちらりと見れば、恐いとかそういうのを別にして見た目だけはやたらカッコイイこのふたり。
 ファン多いもんなぁ……
 人だかりはもうどちらが目当てなのかわからないような有り様だ。既に一方的な暴力を受けているだけの近藤さんは、まだめげずに姉上に立ち向かって(?)いく。
「土方ァ、まだ続くのか?」
「知るか。俺に聞くんじゃねえよ。」
 少し険悪な気配をみせた高杉さんと土方さんに、思わず謝る。
「何か、すいませんホントに。うちの姉が……、」
「ああ、いつもの事だし気にすんなよ。俺的にはサボれてラッキィ?」
 すると銀さんがすぐにらしいフォローを入れてくれる。
「既に年中行事だからな。テメェのせいじゃねぇ。」
 高杉さんにも聞えていたらしくあり得ない事にこちらからもフォローが。
「しかし……近藤さん、あれで柔道も剣道も有段者なんだけどな。」
「一応、姉上は看板ばかりですが、ウチの道場では師範代です。」
 コレ、剣道ちっとも関係無くね? と銀さんが呟いたが、それ以上、誰からも突っ込みは無かった。
 ついでに言うなら僕は姉上が誰かに負けるのを見た事が無い。
「テメーはもういい加減にしろって言ってんだろうがああああ!!」
「ぎゃああああ!!」
 一際気合の入った姉上の一喝と、近藤さんの悲鳴。ついに近藤さんは起き上がれなくなってしまったらしい。
 ぱんぱんっと小気味よい音を鳴らして手を掃った姉上が、くるりとこちらを振り返った。
 その笑顔が、わが姉ながら恐ろしい。思わずギシリと固まってしまいそうになる。
「土方さん。」
「…………ああ、」
 土方さんは平然と返事をしたが、姉上のとってつけたような優しい声音に、僕の方がビビる。
「このバカの後始末、よろしくお願いしますね?」
「……アンタも、もうちょっと手加減とかしてやれないもんかね。」
「ンだとコラ?」
「いえ、何でもありません。スミマセンでした。」
 ひいいいいっ!!
 土方さんが視線逸らして謝ってるううッ!!
「それじゃ、今度こそ失礼しますね。お邪魔しました。」
 にっこりと、営業用の笑顔を貼り付けた姉上がフロアを後にする。
「……行ったか。」
 土方さんは深々と嘆息して自分のデスクに戻った。
「相変わらずひでェな。」
 高杉さんも飲み干したコーヒーの紙コップを潰してゴミ箱に放ってデスクに戻る。
「あ〜あ、終わっちゃったよ。」
 銀さんだけが残念そうに唇を尖らせた。
「何で残念そうなんですか。」
「折角さぼれてたのに。」
「バカな事言ってないで、仕事して下さいほら。」
 渋々といったてい銀さんの背中を押して仕事に戻らせる。仕事といっても、先ずはこの悲惨な原状回復をしなければならないのだが。
 てゆーかこのフロア、部長とかエライ人もいっぱいいる筈なのに……
 何で誰も姉上を止めないんだ?
 疑問に思っていると、考えを読まれたかのように銀さんが口を開く。
「ま、誰しも我が身はかわいいモンだからねぇ。」
 とんでもない事をさらりと言い放たれた。
「高杉も土方も、お妙のアレだけは止めねぇしな。」
「あのふたりなら、いくら姉上でも止められると思うんですけど、」
「まあ他はともかく、」
 銀さんがちらりと視線を送って示す。
「高杉の場合は我が身可愛さってより、自分が興味無い事には一切手ェかけたくないクチだし?」
「……反論しづらいですね。」
「土方の場合は被害者のゴリラが上司だから、土方が手ェ出す訳にはいかないだろうし?」
「あああ、」
「そうすっと、結局誰も止められるヤツ、居なくなるだろ?」
「銀さんはどうなんですか?」
「めんどいからヤだ。」
 即答された。それこそ本当に面倒くさそうな表情で。
「それにせっかくサボれる機会なのに、何で自らの身を危険に晒してまで潰しにいかなきゃなんねーんだよ。」
「……、」
 二の句が継げなかった。
「今日の仕事、まだ半分も終わってないんですけど?」
「んなのいつものコトだろ?」
 ひとつ欠伸をした銀さんが言う。
「イイんだよコレはコレで。何だかんだでちゃんと会社が機能してんだから。」
 にこりと笑って。
「っつー訳で、後始末の間は俺、休憩してっから。後のコトはよろしくな!」
 そして今日も全力で叫ぶ事になる。
「って駄目過ぎるだろアンタアアアア!!」
 コレが僕らの、ありふれた日常。





20140128改


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