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日常的彼等 前
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午後三時。おやつの糖分を欲した俺はそっと自分の席を抜け出し、休憩室へ向かっていった。
――――筈だった。
どうしたことか、俺は気づけば薄暗い資料室に居て、どうしてか壁際に追い詰められている。
空調の入っていない部屋にズラリと並ぶキャビネットには、保管義務が課せられている書類が大量に収納されている。これらは期限が来れば廃棄される予定になっているものがほとんどで、書類の追加か廃棄の時期が来なければ誰も訪れることがない。
要は、密室。
何でこんなトコに居るって、そりゃ、目の前のコイツに連れ込まれたからだ。
「銀時、」
壁際に追い詰められて、逃げ場が無いのはこちらの方だというのに、追い詰めた相手の方が、まるで追い詰められたような、切羽詰った表情で俺に近づく。
俺はうっかり、この視線にとらええられて、動けなくなっていた。
「ひじか……た、」
逃れられずに口吻けられる。
「――――っん、」
柔らかく重ねられた唇とは裏腹。
そこから浸入してくる舌先は強引で、乱暴に咥内を舐る。
「……っふ、」
抗おうと伸ばした手は絡めとられて、余計にきつく抱きしめられた。
「んぅ、ん、」
息が苦しくなって、呼吸が荒くなる。零れた唾液をぺろりと舐めとられて、また隙間無く唇を塞がれる。
「……っん、」
土方の手が左の胸にあてられた。
「ひ……じ、かた、」
視線を合わせると、余裕の無い表情。
「足りねえ、」
「――――っア、」
そういう表情で見つめられると、そういう声で言われると、堪らない。シャツ越しに、爪先で胸の突起を引っかかれる。「お……い、コラ――――っ、」
反応してしまうと面白がって、更にカリカリと猫のように爪をたててくる。
「く、――――っや、あ、」
そうやってしつこく刺激され続けると腰にクるから、そろそろ止めてもらわないと困る。
「ふ……っう、」
首筋に口吻けて、耳朶を甘咬みされた。
「――――っんう、」
「や……っべ、」
「んあ?」
「マジで止まれねえ……かも。」
「……は?」
「銀時、」
名前を呼ばれて、腰に押し付けられたのは覚えのあるナニか…………って、
「莫迦かああああああっ!!」
ゴツッ――――!!
「ぐあ……ッ!!」
思わず本気で殴ってしまった。
「てめ……っ、何しやがるっ!?」
「それはこっちのセリフだ!!」
土方が殴られた場所を押さえて呻く。ちょっと本気で辛そうだが、それどころじゃない。
危なかった。危うく流されるところだった。
「お前今ちょっと本気でヤりそうだったよ!? ココを何処だと思ってんの!?」
「資料室。っつーか流石にココじゃしねえよ。」
「だったらそこで何かを主張してるソレは何ですか!?」
「ナニって、ささやかな自己主張だろ。俺がその気ならテメー今頃とっくに突っ込まれ……、」
「だああああああ!!」
昼間から暴走気味な土方の発言に思わず叫ぶ。
「何なんですかオメーは!? 最近ほんっとにどっかの誰かサンに似てきたよなそういうとこ!!」
思わず両手で頚を締め上げてみる。
「ああ!? 誰が高杉なんぞに似てるってテメェこの野郎!!」
負けじと土方も掴みかかってくる。互いにギリギリとワイシャツの襟を捩じ上げて、額を突き合わせて睨み付ける。
「だからそういうトコだよそういうトコ!! いつからお前は場所もわきまえずそんな強引に……、」
勢いのままに一歩前へ踏み出した瞬間。
「うお――――っと、」
「っあ、ばか放せ……っ、」
一歩退こうとした土方が、キャビネットの端に脚をひっかけたらしい。バランスを崩して、俺を掴まえたまま倒れこむ。
鈍い衝撃とともに硬い床にぶつかった。
「い……ってー、」
土方を下に敷いていたものの、手と膝は床に直撃だ。
「おい、いい加減に手ぇ放せ土方。」
「ああ、悪くない眺めなんだがな。」
「は?」
「騎乗位ってのも中々、」
「……マジでいっぺん死んでこいてめえはああああッ!!」
腕を振りほどいて立ち上がる。本気で踏みつてやろうかと脚をふり上げた。
「何してんだテメェら。」
そこで高杉の声が聞こえた。
誰も来る筈が無い、とまでは言わないが、この時期ほとんど使われない資料室に、あまりにも絶妙のタイミング。
「高杉、」
「銀時ィ、蹴るなら顔面にしろよ? 踏み抜くぐらいの気持ちで行け。」
おそらく何をしていたかなど、説明するまでも無いだろう。
「オイイイ!! コイツに踏み抜く気持ちで蹴られたら洒落になれねえだろうが!?」
「俺ァいつだって本気だぜ? さあ銀時、止めを刺せ。」
高杉が不機嫌全開の表情で冷たく言い放つ。
「いや、別にコレ、そういうつもりだった訳じゃ、」
「証拠の事なら心配すんな。死体も証拠も完璧に隠滅してやる。」
「何そこで本人目の前にして堂々と犯罪の計画練り上げてんだコラ!?」
叫ぶ土方に高杉が深々と嘆息する。
「――――ンな事より、」
「ん?」
突然腕を掴まれて、強い力で引っぱられた。
「銀時、いつまでも土方に跨ってんじゃねえよ。離れろ。」
そのまま抱き寄せられて、首筋に貌を寄せられる。
「煙草くせぇ。」
「え――――っ!?」
言うなり頤をとられて、キスされた。
「あ……高杉テメエ!!」
土方が叫ぶ。ぺろりと口の中で舌を舐めとられる。
「味が違ェ。」
唇の隙間で呟かれた。
「ったく、人がちょっと目ぇ離した隙に、勝手に銀時に手ぇ出しやがって。」
「悪いかよ?」
「業務中に抜け駆けとはイイ度胸だな、ああ?」
「そもそも俺たちの間に、抜け駆けしちゃいけねえっつー決めごと自体があったか?」
「……この野郎、」
視線だけで相手を射殺してしまえそうな勢いで、二人が睨みあう。
コイツらの間に散っている火花が見えるのは俺の幻覚か?
「それにしてもこんな処に連れ込むあたり、相変わらずテメエのする事は姑息以外の何者でも無ェな。」
「テメーに姑息云々について言われる筋合いはねーよ。第一、なんでココだってわかった?」
「テメェんトコの問題児が、資料を取りに行ったっきり戻らねぇ莫迦が居るって、わざとらしく擦れ違い様に呟いてくれたぜ?」
ああ、リーク元は沖田君か。
土方が苦虫を噛み潰したような表情になった。
「……総悟の野郎。」
「油断も隙も無ぇ。鎖にでも繋いでおかねえと、おちおちコイツから目も離せねえよ。」
とても冗談には聞こえない言い方で高杉が言う。
「マジに聞こえるからヤメテ高杉。」
「だから、いつだって本気だって言ってんだろうが。」
頬に高杉のてのひらが添ええられる。
「銀時ィ、この莫迦より明らかに俺の方がイイのはわかりきってんだろ。そろそろ切り捨ててやるのが優しさってモンだぜ?」
「ほざけ。銀時、迷惑なら迷惑だってこのバカに言ってやれ。このテの野郎は言われなきゃ一生気付かねえぞ。」
反対の頬には土方のてのひらが添えられる。にじり寄って来るふたり。
「いや……あの、」
逃げられない。
「ちょっと、落ち着けってお前ら、」
「俺ァ、十分落ち着いてるぜ?」
土方を牽制しながら高杉が耳元で囁く。
声と視線のギャップが恐ろしい。
「ちっとも落ち着いてねえよソレ!!」
俺の叫びは無視されて、しばらく高杉と土方の視線が交差する。
黙ったままの二人に挟まれた俺の、両方の肩にかかるそれぞれの手の力が強すぎて、ちょっと痛い。
「決めらんねーなら、判りやすく決められるようにしてやるか?」
「ひ……土方君!? 何考えてんの!? 目ェ怖いよ!? 瞳孔開いちゃってるよ!?」
「ほぉ、テメェにしちゃ、たまにはマトモな提案が出るじゃねぇか。」
「お前との差を、銀時に理解してもらう機会は必要だからな。」
いきなり何を言い出すのか。本気で怖い。
判りやすく決められるようにって、なに!?
何だかイヤな予感がさせられる雰囲気なんですけど!?
「確か、今日は定時で帰る予定だったな、俺は。」
高杉が呟いた。
「それは奇遇だな。俺も今日は残る予定がねぇ。抜け駆けすんじゃねーぞ。」
とは土方。
「今日の時点で既に前科有りのテメェには言われたくねえ。」
「てめーは過去にいくらでも前科があんだろーが。」
何か……待て。本気でイヤ過ぎる予感がする。
「あの……俺、今日はすっげー残業したい気分だなあ、とか思ってみたり、して、」
『逃げんな。』
ふたりハモった!!
待て!!
この状況は、何か…………覚えがあるよ?
「車で来てるから俺の家でイイな?」
「そこはしょうがねえ、譲歩してやる。」
「待て、何の相談? っつーか何が譲歩? 今、何が決まったのねぇ!?」
「銀時、悪いが今日ばかりは手加減出来ねえ。」
「あの……土方君?」
「俺ァ端っから手加減する気はねえがな?」
「高杉?」
本気で怖いよ?
ふたりとも目がオカシイよ?
『さて、』
何でそんな凶暴な笑みなの?
『覚悟しろよ?』
あれ――――?
『銀時。』
何か、前にも一度、こんな事があったような気が――――?