万事屋従業員、志村新八より依頼有り。
下記条件を絶対順守し、依頼を達成すること。
条件壱:坂田銀時以外の人間に対し、催眠波機能を使用しないこと。
条件弐:この依頼により坂田銀時へ必要と判断される催眠を使用した場合、依頼完了後には必ず総ての催眠を解くこと。
条件三:とりあえず銀さんの迷惑になりそうなことはしない、を徹底すること。
依頼内容
【未払給与の全額支給、未納となっている家賃の全額支払、万事屋店主・坂田銀時名義の銀行口座の残高を一定水準まで回復させること】
以上。
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Stay gold 1
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ある日の万事屋、お昼時。
主が不在の事務所にて、ふたりの従業員は空腹を抱えて座り込んでいた。
「お腹空いたアル。」
「僕も。ここの冷蔵庫にはもうほとんど食材が入ってないし、銀さんは居ないし……今日のお昼ご飯、どうしようか。」
「何とかしろよ新八ぃ〜。」
「そんなコト言われても、僕だってお金ないんだよ。銀さんからのお給料、また支払いが滞り始めてるし。」
「私なんて酢昆布すらマトモに買ってもらってないね。」
仕事もお金もない万事屋で、ふたりと一匹は途方にくれる。
「土方さんと銀さんの中味が入れ替わってた時に多めにお給料を貰ってたから、それをやりくりして今まで何とかもってたけど……そろそろ限界かなぁ。」
「どうするアルか新八ぃ。こないだ仕事の報酬だってウチに届いた五千万円入る鞄には、沢庵しか入ってなかったアルよ。あんなんじゃちっともお腹なんて膨れないね。」
しかも銀時はあの時、中味が土方だった時に土方の財布から支払われた新八と神楽の給料、更にはお登勢に渡した数カ月分の家賃を、まだ土方に返済していない。
そもそも返済するつもりがあるのかどうかさえ怪しい。
「……あんまり気が進まないけど、こうなったら、もうしょうがないよね。」
「ん? 何か奥の手でもアルのか?」
「……弐号機を、再起動させる。」
新八がまるでどこかの司令みたいに、キラリと光らせた眼鏡を押し上げながら言った。
「――――は? 駄眼鏡が何をカッコつけてるアルか? 弐号機って何の話しヨ?」
「覚えてないのかい神楽ちゃん。源外さんの処に預けっぱなしになっている、以前、僕らが頼んで作ってもらった、」
「――――ああ!!」
そこまで言われてようやく神楽もその存在を思い出したらしい。
代理用万事屋リーダー超合金完全体坂田銀時・弐號機のことを。
「銀さんは今日もきっとパチンコだし、次の仕事の依頼もいつ来るか判らない。既に財布のお金も万事屋の冷蔵庫の食材も底をついてる。……ってことで、これはもう来てもらうしかないでしょう。金さんに。」
「ナイスアイディアよ! たまには新八も役に立つアルな!」
「たまには余計なんだけど、」
新八と神楽はいつ戻るとも判らぬ店主を待つことを止め、ふたり揃って源外のもとを訪れることにした。
そして次の日の朝。
「というわけで、僕たちで新しく従業員を雇いました。」
「…………は?」
まんまと前日のパチンコでなけなしの金をすってしまい、新八と神楽から何度目かも判らない説教を受けた銀時の目の前に、久しぶりに彼が現れた。
「よう、久しぶりだな兄弟。」
金髪サラサラストレートの、代理用万事屋リーダー・坂田金時が。
「え、ちょっと待って。何でそいつが此処にいんの?」
「僕たちにだっていい加減、我慢の限界ってモンがありますから。」
「え? え?」
「銀ちゃんが怠けてばっかりでちっとも給料支払ってくれないから、新八とふたりで相談して、また金ちゃんに来てもらうことにしたアル。」
「いやいやいやいや、何言ってんのお前ら。駄目だから。絶対駄目だから。だって危ないじゃんソイツ。昔そいつに何されたのか忘れたの? 忘れてないからね銀さんは。」
そうは言いつつ、銀時は以前のような事態に陥ることを恐れているのではない。自らの地位が再び危うくなることを危惧しているのだ。
当然、銀時は全力で金時の万事屋参加を拒絶する。
「ンなに心配しなくても、もう洗脳システムも催眠波も撒き散らしたりはしねぇから、安心しろよ兄弟。」
「だそうです。」
「それに銀時、お前自分で『また来い、いつでも相手してやる』って、あん時、俺に言ったんじゃねーか。」
「……あああそういえば……っ、確かにそんなコトを言ってたけれどもおおおおおお!!」
自らの迂闊な発言を激しく後悔しながら、銀時は頭を抱えて全力で叫ぶ。
「洗脳システム搭載済みのカラクリなんておいそれと連れ歩けるわけがねーだろ!! 万事屋の信用問題だろうが!! だいたいテメーにゃロボット三原則すら搭載されてねーだろ!? 何もかもが危ない過ぎんだよ!!」
「……お、よくそんな難しいコト知ってんな兄弟。まあ三原則はともかく、確かに俺は過去に催眠波でこの町中の人間を洗脳した前科があるからな。そこは一応、源外の爺さんにロックかけてもらってからココ来てるから、安心しろよ。」
「ロックごときで安心できるかよ。つーかなんでそんなシステム搭載しっぱなしなんだよ。ロックできんならいっそ外せよそんな迷惑な機能。」
「僕らもそれについては考えたんですけど、源外さんが言うには、金さんを動かす基礎のシステムに組み込まれているとか何とかで、外そうと思ったらゼロから作り直すくらいのお金と労力がかかるんだそうです。なので『軽くロックしとくからそれで我慢しろ。コイツももうあんな真似はしねーだろうから安心しとけよ』とのことでした。」
「軽くロックって何だよ。駄目だろ。いざとなったらコイツが自力で外せちまうパターンだろ絶対。」
尚も銀時は全力で金時の万事屋参入を拒否する。
「……じゃあ、銀さんが今すぐしっかり僕らのお給料を払ってくれますか?」
「…………う、」
「以前、中身が土方さんだった時、土方さんが僕らのお給料を払ってくれた分、まだ一円も返してないんでしょう?」
「……そ、それは、」
「今の時点で金さんと一緒に仕事をする以外、他に何かお金を稼ぐ当てはあるんですか?」
「……っぐ、」
返す言葉がなかった。
「土方さんのお財布から出てきた僕らの給料、まさか踏み倒す気だったんじゃないですよね? 払わせっぱなしにするつもりだったんじゃないですよね? 銀さんたちがあの時、ふたりの間で何をドコまで交換してたのかとか詳しく突っ込む気はありませんけど、僕らのお給料を土方さんに出させっぱなしってのは、流石にナシじゃないですか?」
「――――――――っぐ、そ……れは、」
銀時は完全に敗北した。
「金さんが僕らの給料も万事屋の家賃も土方さんへの返金も、しっかり稼いでばっちり払ってくれるそうなので、銀さんも協力して下さいね!」
そして代理リーダーであるはずの金時が早速リーダー扱いとなり、銀時のほうが従業員のような立ち位置に置かれてしまう。
「そう警戒するなよ兄弟。すぐ下にはたまだっているし、そこの犬だっているんだ。俺がもし催眠でも洗脳でも使おうとしたって、そいつらがいたらどうせバレちまうだろうが。いい加減、源外のじーさんのトコにばっかいんのも退屈になってきたトコなんだよ。俺にもちょっと万事屋家業、手伝わせろよ。」
「……く……っそ、しょうがねーな。」
嫌そうな表情で渋々承諾した銀時に、金時は笑顔で宣言する。
「うっし、じゃあ、早速仕事だな。」
颯爽と着物の裾を翻し、今日の現場に向かおうと歩き出した。
「つったって、今ウチに来てる依頼なんて、一件もねーぞ。」
「ふふん。」
金時は得意そうに笑うと、懐から何やら紙の束らしきものを取り出す。
銀時が中味を確認すると、それは既に依頼人の名前が書かれた、大量の万事屋への仕事の依頼だった。
「いやオカシイだろ!? 昨日の今日で何でテメーが来た途端にこんなにごっそり依頼があんだよ!?」
「兄弟、おめーがちゃんと探そうとしてねぇだけで、世の中には困ってる人間や手を貸して欲しい人間ってのが山ほどいるモンなんだよ。俺ぁ、それをちゃんと見つけてからここに来ただけだ。」
「金さん、」
「流石は金ちゃんアル!」
「――――――っ、」
新八と神楽が尊敬の眼差しで金時を見つめる。
露骨に金さんのほうが銀さんよりも輝いていた。
「じゃあ仕事に行きましょうか銀さん!」
新八は既に金時について行く気満々のようだ。
「……そいつがいるんなら、俺いらねーじゃねぇか。」
銀時はつい、年甲斐もなくふてくされて唇を尖らせる。
「え、何を言ってるんですか銀さん。」
「代理リーダーがそんな頼りになるんだったら、リーダー要らないでしょ。だったらそっちの仕事はお前たちに任せるわ。俺は俺でやることあるから、」
「――――って、ちょっと待てやコラ。」
逃げようとした銀時の襟首を、新八が掴んで引き止める。
「どうせ逃げるだろうとは思ってましたけど、やっぱ逃げるんですね。駄目です。金さんがいる間こそ、銀さんにはちゃんと仕事をしてもらいます。」
「……え、ちょ、新ちゃん? 顔が怖い……よ?」
「というコトで金さん、源外さんの処で昨日、僕らがお願いしていたことですが、お願いできますか。」
「ああ任せてくれ。」
「……え、ちょっと待て、コラ。何させる気だ新八。」
「催眠だって洗脳だって、要は悪いコトに使わなきゃ、悪いモノなんかじゃないわけですよ。」
「…………は?」
嫌な予感に、銀時は思わず冷や汗をかいた。
「あれ、新八君? もしもし? 目ぇ据わっちゃってますけど?」
「こんなこともあろうかと、源外さんにお願いして、金さんの催眠のロックは、銀さん以外の人間にだけ効くように設定してあります。」
「……は?」
「つまり今、金さんの催眠は、銀さんにだけ有効な状態に設定されているんです。」
「え、何で? 待って。意味解んないんですけど。厭な予感しかしないんですけど。」
「これで銀ちゃんがギャンブルしない真人間になって、金ちゃんと一緒にバリバリ仕事してくれれば、万事屋は絶対安泰アル! 何も言うコトはないアルな!」
はしゃぐ神楽を見て、ようやく銀時は状況を理解した。
「パチンコと競馬と……あとは何でしたっけ、銀さんがやるの。金さん、ギャンブル全般に全く興味のない真人間にすることって可能ですか?」
「モチロンだ。何なら〈趣味が貯金と労働〉って催眠も追加できるぜ?」
「それは是非やってほしいですね! 何なら一生そのままにておいてもらいたいくらいです! ……というわけで銀さん、覚悟はいいですね?」
「ちょ……っと待てえええ!! 催眠なんかで俺を真人間にしてどうする!? 生真面目で勤勉で仕事ばっかりする遊びのない銀さんなんか銀さんじゃねーだろ!? ちょっと待て!! マジで思い直せ!! な?」
「悪ぃな兄弟。俺の今回の依頼主は新八だから、おめーの言うことは聞けねぇんだ。コレばっかりは自業自得だから、諦めろ。」
「――――新八!!」
当然、やる気満々だった。
「神楽!!」
卵かけご飯すら満足に食べられない日々に、限界を感じていた。
「――――ッ定春!!!!」
まともにドッグフードを与えられない状況に、貞春だって、言わずもがなだ。
「――――あああ判った! 判ったから! ちゃんと仕事するから! だからマジで催眠は止めろ!!」
「そんなコト言って、また逃げようとしてませんか?」
「大丈夫だから! マジでちゃんと仕事するから!」
「疑わしいアル。」
「神楽ちゃんんん!!」
そんなこんなで、何とか催眠療法による真人間化を免れた銀時はこの日一日、休みなしで金時の集めてきた依頼のために奔走させられた。
一応は万事屋のリーダーなのに、ここぞとばかりにこき使われて、走り回らされた。人並み外れた体力があると知れていること、従業員らの給料を滞納していることも仇となり、銀時が誰よりも一番働かされた。
おかげでその日のうちに受け取った依頼料で、しっかりと満足のいく食事を作れるだけの食材を買い込むことができ、四人と一匹は本日、久しぶりに豪勢な食卓を囲んだ。
「夕食まで作ってもらっちゃって、有り難うございます金さん。」
「気にすんな。コイツにできることは、俺にもできる。」
「久々にお腹一杯食べたアル!」
主であるはずの銀時は、すっかり肩身の狭い思いで、ソファのスミに腰掛けて、いじけていた。
「銀ちゃん、今日は何だか随分と疲れた顔してるアルな。」
「そっちの疲れ知らずのカラクリと一緒にするんじゃねーよ。こちとら生身の人間なんだっつーの。」
「お前の体力データを考えたら、まだまだ余裕はあるはずなんだけどな?」
「心労だ心労!」
「いつもこのくらい働くのが真っ当な社会人で、こっちのほうが普通なんですよ、銀さん。」
やや心配そうな表情を見せつつも、新八の声は呆れ気味のものだ。
「じゃあ、僕はそろそろ帰りますね。金さん、ご馳走様でした。」
「おうぱっつぁん、明日の分も依頼はとってきるから、またよろしく頼むぜ。」
「はい。頼りになりますね、金さんは。」
新八が笑顔で答えると、銀時が露骨に不機嫌そうにして呟く。
「どうせ銀さんは頼りになりませんよ。」
「素昆布一枚買えない銀ちゃんなんて、頼りにならなくて当然アル。」
止めを刺すような容赦ない神楽の一言で、銀時は更に沈められた。
「じゃあ、明日もよろしくお願いします。おやすみなさい。」
「任せろ。」
「オヤスミよ〜。」
「新八の裏切り者め〜。オツカレ〜。」
晴れやかな笑顔の新八を金時と神楽、銀時の三人が見送った。
その後、金時は風呂に入った神楽と定春を一緒に寝かしつけるところまで丁寧にこなし、その間もずっとソファであてつけがましくいじけていた銀時に声をかけた。
「お前もいつまでもいじけてないで、そろそろ風呂入ってこいよ兄弟。」
「俺の家だっつーの! 言われなくてもそうするわ!」
「そうツンケンするなよ。…………ああ、そうだ。ついでに……、」
金時がそっと銀時の耳許に近づき、静かに何かを囁いた。
「あ……何だって?」
「いや、何でもねぇよ? さっさと行ってこいって。」
「さて……と、誰かさんのせいでくたくただよ。俺ももう寝るかな。」
寝巻きに着替えた銀時と、己の身体をバラして洗浄する作業を終了した金時が並ぶ。
「そうか、じゃあ俺も寝るかな。」
当然のように、金時は銀時と一緒の布団で寝ようとしていた。
「あ? ジジィんトコに帰るんじゃねーのかよ。」
「しばらくは万事屋の一員だからな。こっちで寝泊りさせてもらうぜ。」
「……って、なに勝手に俺の布団に入り込んでんだよ!? てめーにゃ睡眠の必要はねーだろ!?」
「イイじゃねーか。必要はなくても嗜好品としてはアリなんだよ。一緒に寝させろよ。」
「しょうがねーな。判ったよ。」
銀時は素直に頷いて、金時の分のスペースを空けるため、布団の端に寄ろうとした。
「……って、何でだよ!?」
何故素直に従ってしまったのか。
「こんなちっさい布団で大の大人がふたりも一緒に寝られるか!! だいたい、お前カラクリなんだから布団いらねーだろ!? その辺に転がってでも寝られるだろ!?」
「まあ、確かに。布団はなくてもできるけどな。」
金時は頷いて銀時と視線をあわせる。
「は? 何ができるって……、」
「けど一応あったほうがいいだろ。じゃあ兄弟、とりあえず服は脱ぐか。」
「あ? ああ、そうだな。」
またしても銀時は、大人しく金時の言葉に従ってしまう。
……え、アレ?
どうしてそうしてしまったのか、判らない。疑問には思うのに、どうしてか、そうしてしまう。
そして今、何故、自分が何に疑問を抱いたのかも解らなくなって、混乱する。
「いや、脱いでどうすんだよ。もう寝間着になってるし俺。着替える必要ねーし。」
「着替えるんじゃなくて脱ぐんだよ。全部だぜ?」
「せっかく着たのに何でだよ。」
言いながらも銀時は命じられた通り、大人しく総ての衣類を脱ぎ捨てた。
「なあ、コレだと肌寒ぃんですけど。」
「服着たままだと、汚れちまうかもしれねぇだろ?」
金時は唇の端を綺麗に上げた笑みを作って、銀時の唇に口吻ける。
「――――っおい、」
「ついでに、あんまりデケェ声は出さねぇように、気をつけろよ?」
押し倒されて見上げた、見慣れた天井と見慣れない金時。
透き通る綺麗な碧い双眸を見つめていると、どうしてか、少しずつ意識が遠のいていった。