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日常的彼等 後
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都会の空は碧く澄んで、窓の外を見渡すと遠くまで並ぶ建物が綺麗に見える。
陽射しはやわらかく、ここ数日は仕事をしているのが勿体無いくらいの、爽やかなで穏やかな天気。
そんな日和にもかかわらず、どんよりと曇った空気をまとい、デスクに突っ伏して瀕死の様相をていしているヒトが一名。
「何か、午後になってからずっと体調悪そうですけど、大丈夫ですか?」
あからさまに顔色の悪い銀さんに声をかける。
「あ〜、アレだ。糖分の摂取によって与えられた試練だ。痛くも痒くもねー。」
その声は今にも死にそうで、力ない。
「甘い物の食べ過ぎですか?珍しいですね、それで銀さんが具合が悪くなるなんて。」
「豆パンか……あの豆パンがよくなかったのか……っ!!」
「――――は?」
「休憩室に、非常食として豆パン置いておいたんだよね、俺。」
「はあ?」
ぐったりしながら、僕の先輩は突如意味不明なことを言い出す。
「それが賞味期限ちょっと切れてたんだよなぁ。要冷蔵って書いてあったのに、室温で放置し続けたのもマズかったかなぁ。」
「あの……銀さん、」
「けどよぉ……〈消費〉期限じゃなかったんだよ。〈賞味〉期限だったんだよ。」
「…………あの、」
「三時のオヤツで美味しくいただいたまではよかったんだけどさぁ、」
「それは昨日の午後、小一時間ほど銀さんが理由も無く姿を消していた時の出来事ですか?」
軽くイヤミを混ぜて聞いてみるが、気にしてくれた様子無く続けられる。
「賞味期限ってコトは、その日を過ぎても食えるって事だろ!?美味しく食べられる期限は過ぎたけどまだ大丈夫だよってコトだろ!?」
「まあ、確かに賞味期限と消費期限は違いますが、」
「なのに何だってこんなメに会ってんだ俺はああああ!!」
最後の力を振り絞ったかのように銀さんが叫ぶ。
しかし僕も、それに負けないくらい思いっきり息を吸い込んで、叫んだ。
「仕事サボってつまみ食いした挙句に腹壊すってどんだけダメなんだアンタアアアア!!」
いつもならウルセェと窘める高杉さんが席を外しているので、全力で。こういう機会にでもストレスを発散しておかないと、はっきり言って身がもたない。彼のような問題ありまくりな先輩たちに付き合わされる下っ端社員は、本気で毎日大変なんだ。
「何を騒いでんだてめーらは。」
隣りの監査部から土方さんがやってきた。他の監査部の面々も何ごとかとこちらを見ている。
いくらなんでも叫び声が大きすぎたらしい。
「あ、すみませんでした。」
「こいつがどうかしたのか?」
土方さんが心配そうに銀さんを覗きこむ。デスクに倒れこんだまま動かない銀さんは、それにも無反応だ。
「午後になってから、なんだか体調悪いみたいなんですよ。」
「……ああ、そう……なのか。」
何故か、土方さんの視線が、気まずそうに彷徨った。
「賞味期限が切れた食べ物に手を出して、お腹壊しちゃったみたいで。」
「コラ新八。」
余計な事を言うなと、銀さんに脇腹を小突かれる。
「……無茶、するからだ。」
「はああ!? お前がそういう事を言うか!?」
銀さんが突如、声を荒げて抗議する。
そういうことも何も、普通に考えたら無茶なんじゃないのか。要冷蔵なのにこの空調の完璧な暖かい会社で、賞味期限が切れるまで放置した豆パンなんて。そりゃあ確かに、土方さんのマヨネーズまみれの食生活だって、十分に無茶だけど。
「おめーにだけは言われたくねーよ。」
体調不良から機嫌も悪いのか、銀さんは完全に八つ当たりモードだ。
「ンなに体調悪ィなら、帰った方がイイんじゃねえか?」
「ダメに決まってんだろ、ンなの!!」
そして力尽きたように、再びデスクに突っ伏す。
あ、どうしよう……。
ちょっと、いや、随分と、本当に銀さんが本当に辛そうだ。
これほど弱った状態を見せつけられると、うっかり今日はもうなにもしなくていいから帰ってください、と言ってしまいそうになる。
今日のうちに銀さんに終わらせてほしい仕事があるけれど、これだけ弱ってしまわれると無理は言えない。
「辛いなら無理はすんな。」
「だからってこんなコトで休めるかよ、」
銀さんもそれを判っているからだろう。あくまで帰ろうとしない。
「仕事で俺が手伝えることだったら何でもやっておく。だからあまり……、」
銀さんの頭に土方さんの手がのびた。その瞬間。
ばしん!!
「――――って!!」
高杉さんが土方さんの手を容赦なく書類ファイルではたき落とした。ファイルは、まあまあの厚さがある。
「てめ……何しやがる!?」
「銀時ィ、てめェ何をサボって喋ってんだ。仕事しろや仕事。」
「あ、お帰りなさい。高杉さん。」
「おう。」
土方さんをスッパリと無視して、高杉さんは手元の書類ファイルを僕に寄越した。
「これの中味を整理してから、元の場所にしまっとけ。」
「わかりました。」
「オイ、俺のことは無視かテメー。」
「……気安く銀時にさわるな。仕事サボってこっちに来てんじゃねぇ。さっさと帰れ。」
ようやく高杉さんが土方さんに向かって口を開いた。内容は相変わらず辛辣だけれど。
「で、何だってテメェらはこんなトコに溜まってやがる。」
「てめーにだって原因があんだろうがコラ!!」
「ああ?」
銀さんが高杉さんにも咬みつく。こちらも完全に八つ当たりだ。何で自分で賞味期限の切れたものを食べてお腹を壊したくせに、それが高杉さんのせいになるのか。
何を喚いてんだか意味わんねェよ、と説明を求める視線を高杉さんから寄越される。
「午後から、お腹壊してるらしいんですよ。」
「…………、」
高杉さんが軽く眉根を寄せる。
これは一応、理由も言った方がイイんだろうかと、何が原因かを付け足した。
「昨日食べた豆パンで。」
「…………ああ、」
高杉さんが何とも言えない表情になった。
「どうしようもねェな。」
「うわ、コイツ殺してやりてぇ、」
銀さんが頭を抱える。
「変なモン喰うからだ。」
「ああ、自分で言っちゃうんだ。」
「誰がだ。そっちのコトに決まってんだろ。」
高杉さんが視線で土方さんを指す。
「ンだとコラ。」
土方さんが睨みで返す。
突如、三人の会話が奇妙な雰囲気になった。
「俺がてめェの腹が壊れるようなモンを、上から喰わすワケ無ェだろ。」
自信満々で高杉さんが言い切る。
「下からだったらイイって問題でも無えんだよ莫迦野郎!!」
堪忍袋の緒が切れたかのように銀さんが叫ぶ。
「だからコイツは断れって言っただろうが。何度も言わせるな。無茶するからそうなる。」
「その前におめーだって散々俺に無茶してくれただろうがああ!!」
銀さんは土方さんの襟首を掴んでガクガク揺する。
「あの…………?」
なんっつーかコレは……アレですか?
「ちょっと黙ってろ新八。今日こそコイツらの息の根止めてやる!! じゃねえともう俺がモたねえ!!」
「いえ、そういう事じゃなくて、」
明らかに、これ以上ココで話させたらマズイ内容……ですね?
「そうだな、そんなに辛いなら今度こそ俺か土方か、決めてもらおうか。」
「はあ!? 何でそっちの方向にもってくわけ!?」
「あのだから皆さん、」
「高杉にしちゃマトモな発言するじゃねえか。おい銀時、」
「ちょっと待ってください土方さん、」
「何でその話にノるの土方君!?」
「あの、だからアンタら、そろそろ黙った方が……、」
「互い自分が見てないトコでナニやらかされんのがさ、イイ気分じゃないってのはわかるんだけどね、」
「ちょっと銀さんんん!?」
「だからっていっぺんにふたり相手する俺の身にもなってみろっつーの!!」
「ああもうちょっといいから黙れやアンタらあああああああああッ!!!!」
気づいた時には完全に周囲の注目の的だった。
この三人はとても似ている。
色んな意味で周りが見えなくなるトコロが。そもそも周りを気にしない人ばかりだけれど、ヒートアップすると更に周りのことなど一切お構いなしになるトコロが。
ちなみに全力で叫ぶ僕をキレイに無視してくれるトコロも、この三人は本当に良く似ている。
「銀時、いい加減この莫迦にてめーの過保護がうざってぇって言ってやれ。」
「銀時ィ、そろそろこの莫迦にしつけぇからいい加減に消えろって言ってやれよ。」
「ソレはお前らがお互いに勝手に思ってる事だろ!?」
ってか、さっきとんでもない事実をさらっと暴露しましたよね?
隠すつもりの在る無しは個人の自由ですけど、さすがにこの時間のオフィスで口に出して良い話題と悪い話題というものがあるんじゃないでしょうか?
ここで止めないと何を言い出すか判ったモンじゃない。
「いいに加減人の話を……っ!?」
強引に三人の会話に割って入ろうとすると、ぽんと肩を叩かれた。
「え?」
振り返ると、僕の肩に手を置いたまま、無言で頚を横に振る山崎さん。
「新八君。」
ついでに辺りを見回すと、完全に休憩モードに入っている、フロアの皆さん。
「アレ……何だって皆、仕事してないんですか? 何で完全に業務ストップになってるんですか?」
「とても言いにくい事なんだけどね?」
「……何でしょう。」
「このフロアが業務休止に陥る理由の、第一位は何でしょう?」
突然問われる。認めたくはないが答えは当然――――
「姉上の、近藤さんへの襲撃です。」
「うん、そうだね。で、第二位が、」
山崎さんの視線が例の三人に向けられる。ぎゃあぎゃあと下らない言い合いをしている、上司二名と先輩一名。
「姐御の時みたいな物理的被害は無いけどさ、」
見た目だけなら、三人並ぶととても絵になる大人たち。
「あの三人だよ?」
見た目だけじゃなく、実は仕事も良く出来る大人たち。
組織の実権は副将が握る、とは誰の言葉だったか。土方さんも高杉さんも、それぞれの部署でそれなりの立場で実力者。
監査部は、土方さんが居ないとまわらない。
同様に、リスク統括部は高杉さんが居ないとまわらない。
だから本気でそろそろ仕事に戻ってもらわないと困るんだけれど…………
「誰か止められる?」
銀さんがあのふたりを止めないなら、他の人間が止められる訳が無い。
近藤さんが居てくれれば土方さんは止められるけれど、あのゴリラ、実は土方さんが銀さんの所に来たあたりから、速攻で行方不明だ。行き先なんて問うまでも無い。
つまりもう、自然に収束するまで待つしかない。
「……大人しく、休憩しときましょうか。」
つい遠いところに視線がイってしまった。
「ってなるでしょ?」
はい、とお茶を手渡される。
受け取ったらちょっと涙が出そうになった。
姉上………… 取り合えず、死んでなきゃどういう状態だってイイです。
早く近藤さんをウチのフロアに返して下さい。
休憩時間が増えすぎて困っています。