今まではちっとも興味なさそうだったくせに
こういう状況になった途端
コレですよ
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2.13
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ふんわりと香るココアパウダー。オレンジリキュール、ラム酒にブランデー。甘さの異なる数種類のチョコレート(業務用)。
泡立てたらそのまま食べてしまいたくなる、たっぷりの生クリーム。
あとは飾りに使えそうな、キラキラしたやつらとか、サラサラしたやつら。
「材料よし。道具よし。」
銀時は指差し確認で今日の作業に必要な物品が揃っているかをチェックする。
自分の家ではないが、いつでもすぐに使えるよう所定の位置にかけられている自分用のエプロンを装着し、これまた自分のものではないが既に使い慣れたキッチンに立って、腕まくりをする。
「っし、やるか。」
気合を入れて、まさに作成にとりかかろうとした、その瞬間。
「やるか、じゃねェよ。」
不機嫌そうな声で、横槍が入った。
「なんだ、ソレは。」
この部屋の主、高杉晋助。
「ンだ、じゃねーよ。見りゃわかるでしょ?」
どう見てもトリュフを作ろうとしているとしか思えないであろう目の前に並んだ材料を示し、銀時は肩をすくめる。
「てめーの分もちゃんとブランデーたっぷり甘さ控えめで作ってやるからさ、ちょっとそこで大人しくしててくんない?」
人様の家のキッチンを許可も得ず勝手に使ってこの言い草ならば不機嫌になられても仕方は無いだろう。
が、この家の主はそもそもこのキッチンを自分で使ったりはしない。今このキッチンを使っているのはほとんど俺で、俺に使われるためにこのキッチンがあるようなものだ。
にも関わらず、突然のこの不機嫌。
「何を作る気だって聞いてんじゃねぇよ。ンなモンは俺だって見りゃ判る。」
「え、判るの? じゃあ何だってんだよ。」
眉間に皺をよせて、こちらを睨む高杉に問う。
「何で隣りにそいつを準備してんだつってんだよ俺は。」
「おい準備ってなんだコラ。人を道具みてーな扱いで言うんじゃねーよ。」
いや、正確にはこちらではなく、俺の隣りに居る、土方を睨んでいる高杉。
「銀時……てめェ、俺に許可なく他人を連れ込むたぁ、イイ度胸してんじゃねェか。」
「あんだとコラ?」
睨み返す土方。
「いや、たった今三人で一緒に帰ってきたのに許可無く連れ込んだっておかしいだろ。家の中に居るのはオッケーで何でキッチンは駄目なの。意味わかんねーから。」
カウンターキッチン越しに下らない理由で睨み合う男二名。両方が見た目だけなら腹が立つくらいに格好良い男なのだが、土方は俺にあわせてエプロン装着。ふたりの間にはずらりと並ぶ大量のお菓子の材料。この状況だと、どうにも力が抜けてくる。
実は本日、明日のバレンタインデーに備えて仕事が終わってから一人でチョコレートを作る予定にしていた。
しかしコソコソと一人で定時に帰ろうとしたのが良くなかったらしい。速攻でこのふたりに見つかり、とっ捕まってしまった。
別にヤマシイことをしようとしていたワケでもないので、素直に明日はバレンタインだから自分の家でチョコ作る。その材料を買いに行く。だから早く帰りたいだけだ、と白状した。
土方が、なら俺も付き合うと言い出した。
高杉が、それなら俺も付き合うと言い出した。
邪魔になるだけだからお前らふたりとも来るなと言っても、聞き入れてもらえなかった。ふたりがそれぞれ、自分がいなくなった隙に相手が俺とふたりきりになることを懸念し、引き下がらなかった。
ただ単に、チョコを作るだけだというのに。
結果、こんなビジュアルの大人三人が雁首そろえてチョコレートの作成に必要な材料の買い出しに出向き、女子ばかりの売り場でものの見事に浮きまくり、買い出しが終わっても頑としてふたりは帰ろうとせず、しょうがないので俺は高杉のマンションでキッチンを借りて作業をすることになった。
何故、高杉のマンションなのか。 理由は簡単だ。
ここが一番まわりの迷惑にならない。
もういつものコトなので、こいつらがそろったらナニがどうなるかはだいたい想像がつく。
高杉と土方が一緒に居て、静かにしていられる自信がない。特に自分がだ。
色々とうっかり叫んでしまうような事態になった際、近隣住民に最も迷惑をかけずに済むのが高杉の住まいなのだ。
「そいつが居たところで、一体何の役に立つってんだ?」
苛立たしげに、高杉はちろりと視線で土方を示す。
「テメーよりは役に立つって判断されてるから、ココに居んだろうが。」
こちらはやや余裕ありげに、勝ち誇った笑みで答える土方。高杉が、本気で厭そうに隻眼を細めた。
「偉そうに云うんじゃねぇよ。テメェどう考えても泡立てる作業以外何も出来ねぇだろうがこのマヨネーズ中毒が!」
「んだよ、何に使うか判ってんじゃねーか。」
要するに、土方は泡立て要員なのだ。
料理をしない高杉のキッチンに電動泡だて器はない。ミルサーもミキサーもない。使いもしないのに単なる備品として置かれている泡だて器(だがいちいち高そうなシロモノ)しかなかった。手作業でやると結構ツライあのクリームの泡立て作業。しかしクリームの加減が出来を大きく左右するので、この作業で手抜きは出来ない。
そこで、マヨネーズ自作経験の豊富な土方の登場である。
自ら大量に消費するだけではあきたらず、究極の味を求めて自作までしてしまうほどマヨネーズに入れ込んでいる土方は以前、電動の道具を一切しようせず己の力のみで完璧なマヨネーズを作り上げた、と豪語していた。それを思い出しての起用だ。
ちなみに土方はマヨネーズ以外のものを作れない。料理そのものの腕については、高杉とどっこいどっこいだ。
「生クリームひとつ泡立てられねぇテメーよりはずっとマシに決まってんだろうが!? 負け惜しみ云ってんじゃねぇ!」
「誰が負け惜しみだとコラ、」
「どっちもどっちだから黙ってろおめーらは!!」
夜のマンションであるにも関わらず、全力で叫んでしまった。
「……っと。」
とっさに手で口をおさえて、しかし、気にする必要は無かったことに気づく。ここは、室内の騒音が周囲に伝わることを心配しなければならないような家ではなかった。
「つーか、何で俺の分にそんな量が必要なんだよ。明日、会社で店でも開くつもりかてめェ。」
「あのなぁ高杉、何で作るのはおめーの分だけって前提なんだよ。お妙と、特に神楽の分が結構な量になるんだよ。ついでに適当に配る分。」
「あ?」
バレンタインというイベントは、普通逆だろうと、言われなくても判っていることを高杉は疑問に思ったらしい。
「ヘタするとさ、高杉も明日、お妙からチョコだかダークマターだか判らねーような正体不明の物質を押しつけられて、ホワイトデーには何倍返しとか強制される可能性があるんだぜ?」
「……何で俺まで、」
「最近、俺たちがよく一緒にいるからさ。」
「……そいつと一緒ってのは本意じゃねぇがな。」
高杉は土方を視線で示した。
「そりゃこっちのセリフだ。」
土方も不本意そうに返す。
「とにかく、高杉もお妙のお裾分けに巻き込まれる可能性はあるんだぜ?あの女相手に押しつけられてとは言え、チョコ貰っといてお返し無しにするってのは、怖ぇだろ?」
「俺はもう諦めてるけどな。」
土方は達観した様子で呟いた。
「土方は毎回、ゴリラの巻き添えなんだからさ、お返しかは全部あっちに任せたらイイんじゃねぇの?」
「いや、流石にそれは……、」
「律儀だねぇ。」
「……フン、くだらねェ。」
呆れたように高杉が呟く。
「いやくだらなくないから。薄給の銀さんからしてみたら、お妙のお返しの請求金額とか、ホント冗談じゃないからね。ヘタすると道場の復興資金にするから現金でお返し寄越せとか言われるからね。だったら当日のうちにチョコレート返しで相殺した方がマシだからマジで。」
「ンな道場の復興資金くらいでてめェの周りをうろつくヤツを追い払えるなら、俺がいくらでも出してやらぁ。」
「うわぁ腹立つ。これだから苦労知らずの甘ちゃんボンボンは。」
「てめェが本気で迷惑してるなら、それくらい出すのは大した負担じゃねぇ。」
高杉はさらりと言った。冗談とも本気ともつかない言いかただったが『じゃあ頼んだ』と俺が言えば、きっと本当にお妙の道場の復興資金など言い値でさらりと出してしまって、その代わり、もう俺とは接触するなと言い出すかもしれない。平然と。
ほんの一瞬だが、戸惑ってどう返そうか迷ってしまった。
「で、猿飛が来た時用のヤツには、コレを入れるのか?」
「ん?」
話題を変えるのにちょうど良いタイミングでかけられた土方の声に、思わず飛びついてしまう。
「あぁ、さっすが土方君。そうソレ。どばっと全部入れちゃって。」
「……何だそれは。」
怪訝な表情で高杉が問う。
「イベントごとがあるとさ、一日の襲撃回数が増えるだろ?」
「そういやぁ、そうだったか。」
「で、日に何回も、チョコだの納豆だの持って来て襲撃されると面倒じゃねぇか。」
「……まぁ、な。」
「最初の襲撃で、口ん中にコレ捩じ込んで大人しくなってもらおうと思って。」
壜のラベルが高杉に見えるようにして掲げる。
「下……剤?」
「正解。」
ぐっと拳を握り締めて親指をたてる。
「存分にやれ。何なら二度とウチの部署に来たくなくなるくらいでもいい。」
「任せろ。」
仕事に支障さえなければ大概何をやっても寛容な、職場では一応上司の高杉。話はこれで仕舞いとばかりにくるりとこちらにキッチンに背を向けた。
「あと間違っても俺の分には変なモン混ぜるなよ。」
「ンな命知らずな真似が出来るか!」
「俺の分はマヨネーズをチョコでコーティングかチョコをマヨネーズでコーティングでいいからな。」
「作れるか、ンなおぞましいもん!!」
……しかしやろうと思えば出来無いこともないか?
本気で考えてていると、どす、と鈍い衝撃音が聞こえた。
「無駄に銀時にさわるなよ。」
高杉が土方の脚に蹴りを入れて、リビングの方へ消えていく。
けっこう痛かったのだろう。蹴られた土方が、脚の蹴られた部分を押さえて、呻きそうになっていた。
そしてそのまますぐに高杉を追いかける。ゴス、とこれまたしっかりと蹴りの入った音がリビングから聞こえてきて、様子を窺ってみるとスーツのポケットに手を突っ込んで、睨みあう高杉と土方。
「ほどほどにしろよ〜、」
ケンカをするのは別に構わないが、そうするとクリームの泡立てを自分でしなければならなくなってしまう。それはちょっと面倒だ、と思っていたところで、互いを睨むだけ睨んだ高杉と土方はすぐに解散となったらしい。
高杉はソファの定位置に腰かけ、土方はキッチンに戻って来る。
「じゃあ始めるか、銀時。」
「おう。」
「……と、俺の分は後で作ってくれるか。」
ふと、泡だて器を手にした土方が注文をつけてきた。
「え、何で?」
「そりゃ……楽しみにしときてぇだろ。」
やや照れくさそうに言ってから視線を逸らし、黙々とクリームを混ぜ始める。
「そ……う?」
そんなふうにされると、作るコッチまで照れくさくなってしまう。
――――ドス!!
「――――っ!?」
「……っ危ねぇ!!」
ハードカバーの本が一冊、まるで手裏剣のような勢いで飛んできた。狙いは確実に土方の額だったが、寸でのところで回避された本は硬い音を立てて壁に激突する。
「て……っめ、高杉、何しやがる!?」
「だから無駄にイチャつくんじゃねぇよ。いつまで作業してんださっさとキッチンから出て行けテメェは。」
「たった今作業が始まったばっかりだろうが!?」
「クリームひとつ泡立てるのに何秒かかってんだよ。」
「何秒どころか何分かかるのが普通だろうがボケ!!」
「……お〜い、」
こうなるともう止めても無駄だ。本人たちの気が済むまで言い合いは続くだろう。
一応、土方はきちんと手を動かしつつ高杉とやりあってくれているので、もう好きなようにさせておいた。
土方がクリームを泡立ててくれている間に他の作業を進めておき、ラッピングの準備もしておく。
「んじゃ、後は俺におまかせ〜。サンキュ、土方。」
「おう。」
土方に任せる分の作業は終わったが、当然ここで土方が帰る訳がない。
リビングに(一応)仲の悪い男ふたりを一緒にしておくのはどうかと思ってみたが、存外、それぞれが好き勝手に寛いで大人しくこっちの作業が終わるのを待っていた。
その光景に思わずニヤついてしまいそうになりながら、サクサク残りの工程を仕上げていく。
糖分様に敬意を払い、美味そうに見えるように綺麗に箱の中に並べてラッピングしていく。
「さて……と、」
あとはリビングで寛ぐ俺様二名の分を完成させれば、本日の作業は終了だ。
「……まぁ、最初からそのつもりだったけど、」
最後に仕上げるふたり分は、最初から他に配る分とは別に作る予定だった。こればっかりは、その他大勢と一緒というわけにはいかない。
ま、相手がひとりじゃないってのは、どうかっつー話なんだけどな。
「大好きな相手に気持ちを込めて……ね。」
今の俺にとって、どちらもそれぞれ、嘘いつわり無く大切な相手なんだから、しょうがない。
「うっし。んじゃあ、気合入れて作りますか。」
日頃のお礼と、感謝を込める、バレンタインのチョコレート。
20140213