平行世界 SHORT STORY

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 ロシアにはこんな格言があるそうです。
〈マヨネーズをかければゴミでも食える〉
 どこかの誰かさんが、とんでもない勢いで食いつきそうな話ですね?

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マヨネーズ航路2
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 さっちゃんさんが去った後、入れ替わるようなタイミングで土方さんが出勤し、始業時刻ギリギリになったところで、銀さんも自分の席に到着した。どうやら入口でさっちゃんさんに抱きつかれ、振り払ってここまで来たらしい。やや着衣が乱れている。
 出勤した銀さんは、特にいつもと変わりない様子だった。
 土方さんが銀さんからロシア美人に乗り換えたという噂話は、彼の耳には入っているだろうか。
 高杉さんは当然気にしていない様子だったが、果たして銀さんがこの話を聞いたらどう思うだろうか。
 高杉さんや土方さんならいつもしていることだが、銀さんが誰かに対して独占欲を剥き出しにする状況は、どうにも想像し辛い。銀さんにだって嫉妬という感情は存在するだろうが、いつものらりくらりとした状態ばかりを目にしているせいか、ちっとも実感が湧かない。
 ――俺というものがありながらロシア美人と浮気ですかコノヤロー!?
 と叫ぶだろうか。叫ばない気がする。
 ――ふぅん。
 とひとこと呟いて、とてつもなく冷たい視線を土方さんに向ける…………うん。こっちのほうがありそうだ。
 そしてそうなった場合、とてつもなく面倒な事態に陥る気がする。ヘタなことを知らせて波風を立たせるのは止めたほうがいいかもしれない……と思っていると、フロアの入り口にやたらと目立つ美人が現れた。
「――――っあ!!」
 彼女はフロアを見渡すとすぐに目的の人物を見つけたらしく、迷いのない足取りで土方さんの許へ近づいて行く。どう見ても間違いなく、彼女が土方さんと噂されている、ロシアから出向して来たという人だろう。
 実際目の前にすると、話で聞いているだけよりもずっと美人で、何と言うか、ゴージャスな感じの人だった。ロシア美人がやって来た、と噂されるのも頷ける。
 フロア中の意識が彼女に集中する中、彼女の接近に気づいた土方さんがあろうことか(という言いかたも失礼かもしれないが)爽やかな笑顔で彼女を迎えたのだ。
 無関心だが視界の端には入れている、といった態の高杉さんと、物珍しそうな視線を向ける銀さん。
「どうしたんだ、アレ。」
「さぁな。ンなことよりも、てめェはさっさと仕事を開始しろ。遅刻ギリギリで出勤してきて、いつまでもだらだらと座ってくつろいでんじゃねぇよ。」
「いいじゃねーか。いちご牛乳の一本くらい飲ませろよ。」
 高杉さんと銀さんはいつも通りの遣り取りをしている。
 しかし、銀さんの注意が土方さんに向けられているのは、僕にでも判った。
 親しげな様子でいくつかの会話を交わし、じゃあまた後で……といった感じのジェスチャーでとびきりの笑顔を置き土産に、彼女はフロアを出ていった。
 土方さんは心なしか、浮かれているようにも見える。
 ちらりと銀さんの様子を窺うと、ぼんやりした表情で飲み物のストローを口に咥えながら、顔は目の前にあるパソコンの画面に向けられている。
 ――――が、視線の一部は明らかに土方さんに向けられていた。
 とてつもなく落ち着かない気持ちのまま、午前の業務がスタートする。
 土方さんの周囲を中心にして、フロア一帯にそわそわとした空気が流れていた。
 何があったんだ。聞きたい。だが、聞いていいのだろうか。相手が相手だ。ヘタなことを口にして血を見るような事態にはなりたくない。自分は犠牲になりたくはない。が、目の前であんな仲のよさそうな状態を見せつけられれば、何事かと聞かずにはいられない。
 誰か、聞ける勇気のあるヤツはいないのか――――!?
 …………って、僕と山崎さんに何かを期待する視線が集中してる気がするんだけど、気のせい?
 周囲の期待に気づかないふりで目の前のパソコンの画面に集中するフリをしていると、一件のメールが到着する。
〈旦那の様子、どう?〉
 山崎さんからだ。
 画面越しにちらりと監査部へ視線を向けると、目があう。
〈副長、今すっごく浮かれてるみたいだからさ。旦那、アレ見て何とも言ってない?〉
 ――――!?
 続けざまに送られて来たメールの内容に驚いて再び山崎さんのほうを見ると、山崎さんは少し慌てた様子でキーボードを叩いた。
 更に次のメールが送られてくる。
〈紛らわしかったね。ごめん。勘違いしないで。副長が浮かれてるのは、今の金髪ロシア美人と仲良くなったからじゃなく、あの人と話してると、今まで自分が知らなかった未知のマヨネーズ情報に出会えるから、なんだ。当然だけど、副長が旦那一筋なのはちっとも変わってないから。〉
〈これは、いったいどういうことですか? あの女の人はマヨネーズの専門家か何かなんでしょうか?〉
〈彼女は、単なるロシアから来た普通のロシア人の人、だよ。ちょっと前の話なんだけど、ロシアは物凄い量のマヨネーズを消費する国で、どんな料理にもドバドバマヨネーズを突っ込むのが当たり前……って、テレビで紹介されてたみたいなんだよね。〉
〈え?〉
〈副長が真剣な表情で『ロシアか。有給使えばギリギリ行けねぇコトはねーな』って呟いてたから、何事かと思って聞いてみたら『ロシアはマヨネーズ王国だった』とか何とかワケ解んないこと言っててさ。要は、テレビでロシアはマヨネーズ消費大国だって紹介されてるのを見ちゃって、タイミングよくロシアからウチに来た人に『その通りよ』自信満々で宣言されたもんだから、マヨネーズの話題で彼女と意気投合しちゃったんだよ。〉
〈土方さんはいつの間にそんなコトをしてたんですか!? てゆーか、土方さんってそんなミーハーでしたっけ!? テレビの情報に踊らされるような人には見えませんでしたよ!?〉
〈マヨネーズが絡むと途端におかしくなるからね、ウチの副長。わざわざ自分からロシアのマヨネーズのことについて教えてくれって、彼女のところに行ったらしいから。このことが旦那に知れたら、どうなることやら。〉
〈銀さんの反応は微妙です。ちょっとびっくりはしたみたいですけど、どう思ってるのかが判るようなリアクションはありません。〉
〈旦那がウチの副長に嫉妬するとか、そういう状況はあんまり想像できないけど、変な誤解が生まれる前に一応説明しておいたほうがいいんじゃないかな?〉
 確かにその通りだ。この三人が拗れると厄介なのは、過去の経験から既に痛いほど判っている。些細なことだろうと、誤解が生まれてからでは遅い。
 視線で山崎さんに了解を告げる。
「……あの、」
「なぁメガネ。」
「――――――――っ!!」
 銀さんに声をかけようとするのと同時、高杉さんの低い声が僕に襲いかかった。
「ちゃんと仕事、してるか?」
「は……い、あの、」
「まさか、朝っぱらからメールでお喋り……なんて、ふざけた真似してるワケじゃねェだろうな?」
 高杉さんの威圧的な視線が総てを語っていた。
 余計なコトは言うんじゃねェ、だ。
「ス……ミマセン……でした。」
 失敗しました!
 山崎さんに視線で合図を送ると、向こうはパソコンの画面に隠れるようにして身体を小さく丸め、高杉さんの視線から逃れようとしていた。
 高杉さんの睨みは、相変わらず恐ろし過ぎる!!
 お昼休憩の時間になると、土方さんは急いで席を立つ。
 銀さんが絡んでない限りは仕事が最優先のあの土方さんが、だ。
「おい土か……、」
「すまねぇ。今日はちょっと都合が悪ぃんだ。急いで食堂に行かなきゃならねぇ。」
「……っおい!?」
 銀さんに声をかけられるも、土方さんはまるで銀さんと話すこの少しの時間すら惜しむかのようにして銀さんの言葉を途中で遮り、足早にフロアを抜け出して行く。
「さて。邪魔者もいねぇことだし、外に出るか。」
 高杉さんは高杉さんで、当然のように銀さんを外へ連れ出し、ふたりきりになろうとする。
「…………面倒だから、中でいいだろ。」
「…………。」
 銀さんのほうは、どうやら土方さんの動向が気になるらしい。
 表情はいつもと変わらないから、何を考えているのかまでは判らないが、明らかに土方さんと、突然現れた彼女がいったい何なのかを気にしている!!
「……そうかい。ま、食堂で食うのもかまわねぇが、俺の目の前で糖分だけの食事なんてふざけた真似は止めろよ?」
 てっきり己の主張を通して銀さんを外に連れ出すのかと思いきや、高杉さんはあっさりと銀さんの希望を優先し、ふたりは連れ立って食堂へ向かって行った。
 コレは……アレだろうか。高杉さんはこの機を利用して、土方さんとの銀さん争奪レースに一気に差をつけるつもりだろうか。
 当然、そうだろう。これは高杉さんにとって、またとない、千載一遇のチャンスだ。
「新八君!!」
 気づいたら隣に山崎さんが立っていた。無言で頷き合い、僕らも高杉さんと銀さんの後を追う。
「どうしましょう。どうやら銀さん、土方さんがマヨネーズ目的で彼女に接近してることに気づいてないみたいですよ。」
「副長も、自分の行動が旦那に変な誤解を与える可能性について全く考えてないみたいだね。」
 目的が目的だが、土方さんは今、銀さんよりも目の前のロシア美人(正確には彼女から得られるであろう新しいマヨネーズ情報)に夢中だ。
 食堂に到着すると、土方さんたちと高杉さんと銀さん、この二組は絶妙な位置取りで席についていた。女性からは死角になる位置に高杉さんと銀さんは席をとっている。
 会話の内容は聞こえない距離だが、互いの表情くらいはよく見える。
「どうします、山崎さん。」
「副長のトコに同席は論外だし、旦那のトコに割り込むのも……、」
「高杉さんの視線に追い払われたら、そもそも食堂自体にいられる気がしないですもんね。席に余裕はありますし、僕らの地味さなら本気で気配を殺せば、あの辺りの席で大丈夫じゃないですか?」
 土方さん組と銀さん組、両方をうまく観察できそうな場所を見つけて指さすと、山崎さんに苦笑いを向けられた。
「新八君ソレ、自分で言ってて悲しくならない?」
「地味も立派なアビリティです。必要とあらば活用しない手はありません。」
 力強く宣言すると、山崎さんのてのひらがぽん、と肩に乗せられる。
「……強くなったね。」
「あの三人につきあわされてますから。」
 山崎さんとふたり、同じランチメニューを選んで席に着く。
 露骨にならないよう注意しながら、土方さんと銀さんたちの様子を窺っていると、状況は徐々に芳しくない方向に傾いているようだった。
 土方さんがとてつもない善人面で目の前の相手に話しかけてている。元々顔のつくりの整った、要はかなりのイケメンに分類される土方さんだ。その彼にあんな風に微笑みかけられたら、相手の女性だって悪い気はしないだろう。話も盛り上がっているらしく、とてもいい雰囲気になっていた。
 反して、土方さんを視界に捕える銀さんの視線は徐々に温度を下げていく。土方さんの座る位置からも、銀さんたちが視界に入るはずだ。しかし土方さんがそれを気にする様子は僕たちにも感じられない。
 ――――まさか、気づいていない!?
 あの土方さんが!?
 銀さんの心の変化ならどんな些細なことにでも気づいてそうな土方さんが……
 ちょっとでも銀さんに原因不明の不機嫌さを醸し出されると直ぐに気づける土方さんが……
 銀さんにあんな冷たい視線を向けられているのに、まだ浮かれた表情で目の前の相手と話している!?
 どうやら土方さんは、彼女から熱心に何事かを誘われている様子だ。ちらりと銀さんの姿を確認して、やや申し訳なさそうな表情になり、また目の前の相手をしっかりと見つめて、再び熱心に話し出す。
 夢中――――だ。視界に入る銀さんの心の機微にも気づかないほどに――――!!
 銀さんは頬杖をつきながら、土方さんたちに冷たい視線を向けたままだ。
 高杉さんのほうは相変わらず、まるで土方さんたちを気にする様子はない。
 先程高杉さんに止めろと言われたにも関わらず、いつも通りのほぼデザートのみで構成された食事を終えると、銀さんは高杉さんをとふたり並んで、無言で食堂を立ち去ってしまった。
 土方さんのほうには挨拶もなしだ。
「……っ、どうしましょう山崎さん!」
「ヤバイな。明らかに面倒な誤解が生じた可能性がある。あれだけ話が盛り上がってれば、そりゃ誰だって勘違いはするだろうけど、」
「盛り上がってて当然じゃないですか! だってアレ、絶対マヨネーズの話しかしてませんよ? 土方さんがあんなに楽しそうな表情で話してるのって、百パーセント話題がマヨネーズだからに決まってますよね!?」
「う〜ん、けど、旦那は気づいてないみたい……じゃない? さっき新八君とメールしてた時にそっちの上司から受けた圧力の感じからすると、そっちの上司は旦那にあのふたりがマヨネーズの話題で盛り上がってるだけだって、絶対に判らせないつもりだよね? これは相当困ったことになる……かも?」
「あああああ土方さんんん……っ!!」
 じんわりと厭な汗が滲んできた。
 尚も楽しそうに目の前の美人と話す土方さんを殴り飛ばしてしまいたい気持ちになる。
 ついでに銀さんと、土方さんに熱い視線を向ける彼女に向かって、大声で叫んでしまいたい。
 土方さんがとてつもなく熱心になって彼女と話しているのは、マヨネーズ目的なんですよ!
 彼女も銀さんも、どうやら何か勘違いをしてるようですけど、土方さんは彼女のことなんか一切見てません!
 頭の中は相変わらずのマヨネーズ一色です!
 少し考えれば判ることじゃないですか!
 冷静になって下さい!
 こんな下らないことで以前のような冷戦が勃発するなんて、僕は本気で考えたくありませんからね!!!!!





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