とても甘いあのヒトの
ひとつ、とても注意しなければならない重要な点は
たまに……
とんでもなく……
エロいヒトになってしまうというコト
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あまいヒト-2
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いや、あのエロさは反則でしょ……!?
真選組監察・山崎退は心の中で呟く。
『とゆー訳で、何か知らねーけど風呂借りるわ。』
突然副長の叫び声に呼び出されて、万事屋の旦那を屯所の大浴場にお連れすることになった……はイイ。副長の公私混同も、旦那とそういう関係なのも公然の秘密。暗黙の了解。
なんだけど!!
わざとなのか本気で酔っているのか……
ゆらりと頼りなさげに揺れる身体。とろんとした眼。薄く色づく頬。
『んじゃちょいと失礼するぜ〜。』
呑んで熱くなっているからか、胸元がいつもよりはだけている気がするのは……自分が気にし過ぎているからか。客間をご用意しますか、等と問うような愚は犯さなかったが、どうぞごゆっくり、と云った自分の声が若干上ずっていたような気はした。いつも通り対応できた自信が無い。
落ち着け山崎退!!
いくら無駄に妖しい雰囲気だからって!!
いくら無駄に色気をふりまいているからって!!
そもそも旦那は男!!
しかも副長の相手!!
ヘタなことしたら副長に殺されちゃうから!!
湯浴みが終わったであろう頃、風呂場の後片づけに行ってみたら、やたらと良い匂いがした。むさ苦しい男ばかりの屯所の風呂場から……石鹸の匂い。普段は汗臭いばかりの筈の脱衣所に、湯上りの石鹸の匂いが香っていた。
いやだから落ち着けって俺!!
風呂から石鹸の匂い、普通のことだから!!
一人なのを良いことに、ガツガツと部屋の柱に頭を打ちつけてみた。
冷静になれ俺!!
てゆーか何でこんな日に夜勤なんだよ!?
今頃副長と旦那は、とか……気になってない!!
断じて気になってない!!
夜風にでも当たって冷静になろうと廊下に出る。冷えた空気が頬を撫でた。此の状況であれば間違いなくあのふたりはコトの真っ最中だろう。此処は真選組の屯所だ。万にひとつのことがあってはいけない。こういう時こそ監察の自分が注意を怠らないようにしっかりしておかないと……って!!
其処まで思って、脚を止める。
なんで俺は副長の部屋の近くに来てるんだああああっ!?
何となく歩き回っていただけの筈なのに、数時間前に訪れた覚えのある廊下。
だから気になってないってばああもう!!
踵を返す。足音をたてないようゆっくりと。気づかれるのも憚られて、思わず気配も消してしまう。
そっと、そ〜っとね
足音を忍ばせて立ち去ろうとした瞬間。
「……っあ、ヤあ……あ、」
聞こえてしまった声。ぎくりとして身体が硬直する。
「ふ……あ、あぅ……あ、」
障子越しに聞こえる、あの人の声。
や……ばい、って!!
足が床に張りついたように動かない。
ヤバイヤバイヤバイッ!!
頭の中ではそう思うのに、余りにも近くで鮮明に聞いてしまった〈其れ〉に、動けなくなる。
「ヤダ……あ、」
熱に浮かされたような、掠れた、甘い喘ぎ声。其れは間違い無く男の声だ。
なのに……
荒い息遣いの中、時折聞こえる其れ。必死で声を殺したいらしい旦那の気配。けれど副長の愉しそうな気配と、旦那の焦ったような制止の声の後に聞こえてくる、か細い悲鳴のような、声。
「――――っアア!!」
ぞくり、とする。
――ちょ……っと、其の声も反則なんですけど旦那ああああ!?
意識してか無意識にか、てのひらが自分の脚の中心にふれる。腰の奥が熱を持って疼く。 いや駄目だって!!
盗み聞きくらいならともかく……
硬く、自分を主張しかけている器官にふれる。
これは……流石に――――
布越しにでも、一度撫でてしまうと止まれない。
だから駄目だって自分が今何やってるかわかってんのか俺は!?
思っても身体は止まらない。勃ち上がった器官に直接ふれて、声も息も、気配も殺すようにして自分の中心を擦り上げる。ぎゅっと瞼を閉じて聴覚にだけ集中すると、脳裏に浮かぶ。
衣擦れと吐息と、肌のぶつかる音に。あの白い肌が、まざまざと。
駄目だって……
本気で駄目だって……っ!!
だから駄目だって!!
「っや……、あああっ!!」
乱れた姿が脳裏に浮かぶ。障子越しの声に、頭の芯が麻痺していく。
此の手であの人を…………
滅茶苦茶にしてみたい――――!!
「……っく、」
押し倒して、貫いて、啼かせて、縋りつかせて……みたい。
「――――――――っ、」
此の手であの貌を、乱してみたい――――――
「……っん!!」
びくりと震えて、てのひらに白く濁った体液が吐き出された。其れを目にした瞬間に頭の中が急速に覚めていく。
…………空しい。
自己嫌悪に陥って、ガックリと項垂れる。
あの人の声だけでこんなに興奮するとか……俺、ちょっとヤバイんじゃないか?
ポケットの中にあったハンカチでてのひらを拭う。
でも…………
副長は声だけじゃなくて、全部なんだよなぁ。
考え出すと、またもやもやと……いや、明らかに悶々としてくる。
さいってーだ俺!!
イヤ、でも俺がさいってーってよりは………… 旦那がエロ過ぎるんだって!!
マ・ジ・で!!
まだ声聞こえてくるし!!
もう何か色んな意味で勘弁してって感じの声聞こえてくるし!!
勘弁して欲しいのはこっちの方だよ莫迦副長ッ!!
此の声聞かされて平然と立ち去れってか!?
気になっちゃうじゃないですか!?
声だけでもう一回くらいイけそうな気がしちゃうじゃ……って違うだろ俺!!!!
もうこのままだと自己嫌悪のループに陥るしかない。にも関わらず離れられない。そんな状況がどれだけ続いたのか。ふと気づくと、旦那の声が途切れていた。
あ……れ?
激しく動いていた気配が消えて、僅かな衣擦れの音だけが聞こえてくる。
終わった…………?
喘ぐ声も二人の動く音も聞こえてこない。
……ってコトは、マズイ!!
結構な時間が経ってたってことに――――
ずっと座り込んで聞き耳をたてていたせいか、身体が固まっている。
さっさと立ち去っておかないと。こんなことしてるのが副長にバレたら――――――
と、腰を浮かそうとした瞬間。スパン、と小気味良い音を立てて障子がひらいた。
「ひぃっ!?」
「あぁ?」
出てきたのは当然、副長。後ろ手に静かに障子を閉めて、此方を見下ろす。
ひぃっ、じゃないだろ俺えええええっ!!!!
平静を、平静を装うんだ!!
ひぃとか云ったら何か色々とああもう駄目だよこんちくしょおお!!
「山崎ィ、」
「は……っはいい!!」
見下ろす視線は正しく鬼だ。つい今しがた恋人を抱いてきた男の表情とは思えない。『切腹』の二文字が脳裏をよぎる。
「……と、下に居る奴らァ!!」
殺される……かと思ったら、心底呆れたような表情で叫ぶ。
「…………はい?」
下に居る奴ら?
何のことかと濡れ縁の下を覗き込む。と、其処には数人の若い隊士。
「え……ちょっと、君たち……何やってんの?」
真選組の監察ともあろう自分が気づかなかった。二、三人程が怯えつつ、そっと濡れ縁の下から這い出てくる。
「何やってんだは俺の台詞だバカヤロウ。」
当然……というか、そのまま其処に並ばせられて、正座。俺も廊下のその場に正座。
厭な汗がだらだらと流れる。〈鬼〉が今にも斬りかかってきそうな勢いで此方を睨んでいる。
切腹!?
切腹なのか!?
それともこの場で問答無用でバッサリ!?
「ったく。てめーらは性懲りも無く。」
「え?」
「山崎、」
「は……い。」
「アイツの声が聞けて満足か?」
瞳孔の開ききった鬼の双眸が問う。
「え……っと、そ……れは、その、」
心拍数が上がる。喉が震える。
じゃあもう思い残すことは無いな、と続けられる!!
間違い無く今俺は此処で殺される!!
スラリと抜かれた刀身が、朧な月明かりを反射した。
マジで殺されるっ!!
「声だけで抜けるくらい、銀時の声はヨかったのか?」
って……もしかして、俺がさっきしてたことも、バレている!?
ついでに性懲りも無くって云ってたってことは……
「え……あ、う、」
今までのコト(実はバレちゃいないだろうと繰り返してきた数々の覗き見・盗み聞き)が全部バレてる!?
恐怖に眩暈すらしてくる。地面に正座させられた若い隊士たちにいたっては恐怖でマトモに言葉すら発せられない状態らしい。緊張が頂点に達したか……と思われた頃。
「……どうしようもねぇな。」
副長のわざとらしいくらい大きな溜め息。抜き身の刀身がパチンと軽い音をたてて鞘に収められる。
「次は無ぇぞ。」
云うなり踵を返して副長は自室へ戻ってしまった。
「え……?」
マジで?
見逃してもらえた?
信じられない。今までの副長ならば間違い無く、即殴りかかってきておかしくない状況だというのに。
鬼の気紛れに助けられた……?
「……いや、」
あの人に気紛れなんて無い。そもそもあんなにあっさりと殺気を引っ込められるような人でもなかった。
……となると、
「これが旦那の効果……か。」
あの人と一緒に居る時の副長は、明らかに丸い。いくら常と変わらぬ態度を心がけるようにしていても、わかってしまうくらい。いつも通りを演じても、明らかに何処か違う。今も、奥に万事屋の旦那が居るからだろうか。あっさりと刀を納めてしまった。
「……旦那って、恐ろしい人だ。」
本当にあらゆる意味において。
刀を納め、涼しい貌で部屋に戻った土方。障子を閉めて軽く嘆息する。
「ったく。ウチの莫迦どもときたら。おい銀と……、」
バシィッ!!
「ぶっ!?」
其処へ鋭い一撃。何処にそんな体力が残っていたのかという勢いで、銀時の手から土方の顔面めがけ、枕が投げ飛ばされた。
「莫迦ですかおめーはああああっ!?」
「あぁ!? 何がだ!?」
布団に横たわった状態。上半身のバネだけを使い、真選組の副長めがけてこんな殺人的な勢いで枕を投げられるのは、銀時くらいなものだろう。
「何がだ、じゃねえ!! お前はジミーになんっつーコトをほざいてくれちゃってんだよオイイイッ!?」
「ンだよ。聞こえてたのか。」
「あの音量で聞こえー訳が無えだろおおおおおっ!!」
叫んでがっくりと布団に沈み込む。
「なんっつー……コトを、」
「つーか、てめーだってアイツらが居たことに気づいてたんだろうが。」
突っ伏す銀時の傍に土方が腰を下ろした。
「だから後の方で必死で声抑えようとしてたんだろ?」
「其れをわかってて……っ、」
「わかってるから、余計に啼かせてやりたくなるんじゃねーか。」
とても愉しそうに、ニヤリと笑う。
「これからどういうツラしてジミーに会えばイイんだ俺は?」
「普通にしてろ。色気さえバラ撒かなきゃ其れでイイ。」
「バラ撒いてねぇ!!」
「てめーには其のつもりが無くてもバラ撒かれてんだよ。ぼろぼろひっかかってくんのが居るんだよ。」
「おたくの隊士とか?」
「冗談じゃねー。」
苛立ちも露に鋭く舌打ちした土方。其れに少しだけ目を丸くした銀時が、にやりと悪戯を思いついた子供のような笑みになる。
「妬いてんの?」
ころり、と膝の上に頭を乗せて問う。
「妬いてねぇ。けど無駄に山崎だのウチの隊士だのに馴れ馴れしくすんのやヤメロ。」
「妬いてんじゃん。」
「ルセェ。」
くすくす笑いながらじゃれる銀時の腕を捕らえて再び組み敷こうとする。
「いーやーだー。」
「厭がってねーだろが。」
棒読みで軽く逃れようとする銀時。転がる身体に腕を伸ばすと、白い項が目に入る。先程の行為で乱れた銀糸が、汗で張りつく白い項。こくり、と喉を鳴らす。
「ん?」
どうかしたかと、上目遣いに問われる。首筋に咬みついて、滅茶苦茶にしてやりたい衝動を辛うじて抑えた。
「少し、寝とけ。」
「お前は?」
「風呂入って……書類の確認だの近藤さんの準備だのしてたら、もう出なきゃならねぇ時間になるな。」
「ふぅん。本気で朝イチなんだ。つーか今からもう準備ってどんだけ?」
「何の意味も無ェ呼び出しに限ってこっちの手間だけはあるからな。」
「面倒だなぁ。」
「全くだ……と、」
土方がとろりとした銀時の視線に気づく。勧めるまでもなくこのままだと眠りにおちるだろう。
「銀時、二、三時間で必ず起きろよ。」
「んあ、わぁった。」
「朝までなら風呂を使えるようにさせておく。ちゃんと身支度してから、」
「わか……った、か……ら。」
既に意識があるのかどうかもアヤシイ。
「間違っても寝過ごしてその姿、他にさらすんじゃねーぞ。」
ドスの利いた声で云ってみると、銀時の身体がぴくりと反応する。
「……っふ、どの姿だよ。」
瞼を閉じたまま、微笑んで擦り寄ってくる。
其れだよ!!
其れェ!!!!
と、云ってやろうと思った時、銀時は既に寝入っていた。肩にかけただけの単衣から覗く肌。男であるにも係わらず妖しい色香を放っているように見える。此れが自分の色眼鏡でないことは、ひっかかってくる人間の多さで実証済みだ。
厄介なのは当の本人に自覚の無いこと。更に厄介なのは銀時が自分を慕ってくる真選組の隊士にはやたらと甘いこと。
「マジで、寝坊だけはすんなよ。」
呟いて、ふわりと跳ねる銀糸を撫でる。啄むように額に口吻けてから、銀時の傍を離れた。
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