SHORT STORY 過去に捧げたものたち

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 カレイドスコォプ-2
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 ある日、夜の森で真っ黒なイヌを拾った。
 いや、正確に云えば狼だけど。
 もっと正確に云えば人狼だけど。
 成り行きで、手負いだったそのイヌに危うくトドメを刺してしまいそうになって、そのまま放置するのはあまりにも後味が悪かったから、手当てしてやろうと、自分の家(てゆーか城)まで連れて帰ってきた。
 普段なら、絶対にそんなコトはしない。
 拾ったイヌは得体の知れない男。
 それも戦闘能力が高いことで有名な種族、人狼。
 彼から放たれた一撃はあまりに鋭かった。
 明らかに、他の同種族の者と比較しても、ずば抜けた強さだと、直ぐに判った。
 危険過ぎる。
 自分の城……正確には、居候させてもらっているお登勢の城には、まだ幼い子どもたちがいる。
 魔族の中でも最強と称される戦闘種族・夜兎の少女がひとりと、魔族かどうかも疑わしいくらい平凡で地味で、魔力のカケラも感じられない少年がひとり。
 間違っても、手負いの獣を連れ込んで良いような環境ではない。
 にも関わらず、どうしても見捨てる気にはなれずに連れ帰って、挙句、丁寧に傷の手当てをして、寝床まで与えてしまった。
 別にカオがイイ男だったからとか、サラッサラの黒髪ストレートが好みだったからとか、断じてそういう理由からじゃない。
「あ〜くそ!」
 空腹に襲われる。
 何とかして誤魔化そうとしてみるが、限界に近い。
 せっかく手当てしてやったのに、例のオトコは、気づいた時には忽然と姿を消していた。
 あいつのせいで血が足りない。
 抉られた腹から血が出すぎた。
 その傷を癒すために魔力を使いすぎた。
「足りねえ!」
 無駄に広いベッドに身体を放り投げる。
 腹が空くなら、食事に出かければ良いだけの話。
 なのに、どうにも適当なものを口にする気になれなくて、ほぼ一ヶ月近く、マトモな食事をしていない。
 こういう時は糖分で誤魔化すに限る、と数十分前、新八になんか甘いもん持ってこい……と云ったのに、いつまでたっても持って来てもらえる気配が無い。
「おせ〜よ〜ぱっつぁ〜……ん?」
 ふと、覚えのある血の匂いに気づいた。
 思わず眉根を寄せる。
 近づいてくる、遠慮のカケラも感じられない、鋭い気配。
 寝転がっていたベッドの上に胡坐をかいて座り直し、部屋の入り口の、大きなドアを睨んだ。
 それと同時に、遠慮がちな声がかけられてドアが開く。
「銀さん、あの……お客さんなんですけど、大丈夫ですか?」
 新八がドアをノックして、ひとりの男を招き入れた。
 全身に、その髪の色と同じ漆黒の衣を纏った、姿の良い男。
「邪魔するぜ。」
 カツンと硬質な靴音を響かせて、無遠慮に近づいて来る。
 思い切り睨みつけてやると、男は途中でその脚を止めた。
「え……っと、」
 俺の表情がまずかったのか、相手の男の纏う刺々しい空気がまずかったのか、対峙する俺たちを見て、どうしたものかと去就に迷う新八。
「ああ、行ってていいぜ新八。コイツ、俺の知り合いだから。」
 ひらひらと手をふる。
 コイツの事は隠していたし、直ぐに姿を消されてしまったから、新八は手負いのコイツを俺が城に運び込んで、手当てしてやったことを知らない。
 それは勿論、神楽も。
「そう、ですか。じゃあ……失礼します。」
 納得はしていないようだったが、新八は席を外してくれた。
 新八が居なくなったのを待ちかねたように、目の前の男は取り出した煙草に火をつける。
「ちょ……お前、イキナリ人ん家で煙草に火点けるってサイテーじゃね?」
「ああ? 知るかよ。」
 言葉の後に、深く煙を吸い込んで吐き出す。
 煙草に、においが部屋に満ちる。
「で?」
 改めて、男の双眸を見据えた。
 碧く澄んだそれはとてもキレイな色をしているのに、獰猛とか凶暴とか、そういった印象ばかりを受ける。
「まさか俺に殴られたのを覚えてて、その仕返しにでも来ちゃいました?」
「別にそういうつもりで来たわけじゃねーよ。」
「あ……っそう。」
「確かにてめーに殴られた処の治りが、一番遅ぇけどな、」
 男の手の平が自分の身体の、俺が殴ったであろう場所にふれる。
 そういえば全力の一撃だった。
「……ご愁傷サマ。けど、わざとじゃなかったんだぜ?」
「ならお互い様だな。」
「いやお互い様って、明らかに君が俺に与えたダメージの方がデカかった気ぃしますけど?」
 紫煙に交じって微かに漂う、血の匂い。
 ダメだ……言葉を吐くのも……辛い。
「そんで、何の用でわざわざ此処まで来たんだよ。」
 身体が重い。
 腹が減る。
「何で助けた。」
「は?」
「てめーは、ヴァンパイアだろ。」
「……まぁな、」
 必死で、衝動を抑える。
「挙句、俺はてめーの腹を、この手で抉った記憶がある。」
「すっげー痛かった。けどお互い様なんだろ?」
「だから、てめーにどれだけの傷を負わせたか、判る。」
「……んで?」
「何で、俺の血を吸わなかった。」
「あん時はお腹いっぱい食べた後だったからさ、あのくらいの傷で、わざわざ死にかけのお前から血を奪う必要は無かったの。」
「…………、」
「回復してから、とって喰おうとか思ってたワケでもねーんだぜ?」
 手当ての礼も無しに姿を消したことを、軽くあてこすってみる。
「あれだけの傷を負って、平気……か?」
「俺ァ燃費がイイから平気なの。ンなこと心配して来てんだったらとっとと帰れ。俺こう見えて案外忙しいから。」
 出て行け、と、手をふる。
 これ以上は、耐えられそうに無い。
 傷の塞がりきっていない身体で、そこに居られては。
 たとえどれだけ僅かであろうと、血の匂いを振りまかれては。
「平気……か。」
 呟くなりツカツカと男が近づいて来た。
「あ!」
 咥えていた煙草を床に投げ捨て、靴の踵で踏み潰したことに文句をつけようとしたが、あっという間に距離を詰められて云い損ねる。
「――――っ!?」
 頤をつかまれて、強い力で上を向かされた。
「死にそうなツラしてんじゃねーか。」
「放せ……っ、」
 血の匂いが濃くなる。
 眼の前に、塞がりきっていない傷口がある。
「伝説の、白い吸血鬼、」
「……あ?」
「てめーのことだろ。」
「――――っ、」
 男が無造作に、自らの頚元をはだけさせた。
「強すぎる魔力のせいで、人の血だけで飽き足らず、同属である魔族すらも、餌にして恐れられた、」
「ああ……そういえば、いた……っけ。そんなヤツ……も、」
 やめろ……
「手当たり次第に力のある魔族を喰い散らかして、同属からも怖れられた程の野郎が、」
 血の在りかを示すそれを……晒すな……っ!!
「ロクに食事も摂らず、ンな情けねーツラ晒してるってなァ、どういう了見だ?」
「……ッハ、云ってくれるじゃねーかコノヤロー。」
「今の俺なら、てめーに喰われても死なない程度には回復してる。」
 云うなり腰掛けていたベッドに押し倒された。
「……は?」
 天井を背にして自分に覆いかぶさってくる、端正な貌の男。
「喰え。」
「ちょ……っ、」
「それで、こないだの借りは無しだ。」
「だったら、何で押し倒してくる必要性がある!?」
「今にも倒れそうなツラしてんじゃねーか。」
「莫迦だろお前。」
「いいから喰え。てめーみたいな得体の知れない野郎に借りを作ったままなんて、ンな恐ろしい真似が出来るかよ。」
 こっちからすれば自分だって十分得体が知れないというのに、よくもまぁぬけぬけと。
「い……らねーって、云ってんだろうが。」
「ンな物欲しそうな顔で云われたって……な。説得力ねぇぜ?」
 まさかこれ程、ヴァンパイアに対して血を与えてやるという提案を拒否されるとは思って居なかったのだろう。
 苛立った様子で男は舌打ちをひとつ。
 そのまま自分の頚に鋭い爪で一筋の小さな傷を作った。
「――――っあ、」
 途端、脳髄に沁みる、甘い匂い。
「俺が死なない程度になら、好きなだけ喰え。」
「……お……前、」
「それでこの前の手当ての分の、借りはチャラだ。」
「――――っく、」
 男がニヤリと笑む。
 此処に来て初めて見せたその笑顔は、自分を喰えと云っているのに、むしろこっちが喰われてしまいそうな、とても笑顔とは呼べないシロモノ。
 獲物を捕らえた、獰猛な獣の表情。
「死んでも……知らねー……ぞ。」
「上等。」
 しなやかで強靭な身体に腕をまわす。
 男の肌に歯をたてて、咥内に血の味が満ちると同時、理性が飛んだ。

 咬みつかれた瞬間、男は軽く息を詰めた。
 それが痛みのせいだったのか、咬まれた途端に湧いたであろう、鈍い衝動のせいだったのかは、判らない。
「――――っく、」
 満ちる血の匂い。
 咬みつかれた男が、ギリ……と音をたてて歯を食い縛る。
「……っは、」
 辛そうに息を吐く。
 ドクドクと、鼓動が速まっていくのが伝わって来る。
 ……けど
「な……んだ、コレ……っ、」
 突然、身体が折れるかと思うほど、強い力で掴まれた。
「お……い、なんだ、コレ……は、」
 焦りも露な声。
「てめ……、ちょっと待て!」
 慌てた男に頭を掴まれ、咬みついていた口を引き剥がされる。
「これは、な……ん、だ?」
 俺が咬みつかれていた傷口にふれて、荒い、熱い息を吐いて問う。自らの体の内に突然湧いた衝動に、狼狽えたのだろう。
 けど、もう……止まれねーってのバカヤロー。
 辛うじて残された、冷静な頭の片隅で呟く。
 口にした途端、身体中に甘く沁みたそれが、強烈に欲しい。
 もっと……もっと――――!!
 飢えきっていた身体が貪欲に求める。
「――――おい!」
 男の制止を振り払って、もう一度その肌に歯をたてようとする。
「莫迦……っ、このままだ……と、」
 男の頚に腕をまわす。
「もっと、」
 自分でも恐ろしい程、甘い声が出る。
「欲しぃ……って。」
 抑えられない。
「腹減って……死にそう。」
 我慢できない。
「ソレ……、」
 男の身体の中心に手の平を這わす。
「――――っ、」
 外から刺激はしていないけれど、硬く張り詰めている中心。
「俺の身体、使って……イイ、から、」
 他の事はどうでもいい。この血が欲しい。それしか考えられない。
「もっと―――、」
 欲しい。
 くれるなら、どうしてもイイから――――!!
「――ッチ、」
 唇に咬みつかれた。
 喰い殺されてしまいそうな、獰猛なキスに塞がれる。
「……っん、ふあ、」
 再び肌に歯をたてることを許されて、咥内を占めるたまらない甘さにまた貪りつく。
 脱がすのも面倒だったのか、布の裂ける音がしたかと思うと、肌にふれる熱い手の平。
 体温の高い肌。
「……っんあ!」
 頚筋に咬みつかれて、互いを喰いあうような体勢になる。
 もっとも、人狼は吸血などしないから、俺の頚に紅く鬱血した痕が残されただけだが。
「壊れても、知らねぇぞ……、」
「へ……ぇき、だって。」
 全く余裕の無い声で呟いて、それでもこっちの身体を気遣おうとする男の腕を掴んで止めた。
「そのまま……衝きたてて、イイから、」
 魔力を込めたコトバで囁く。
「……っ、」
 イラナイんだって……
「我慢……すんな、よ。」
 食事のトキに……
「お互い……遠慮無しで、」
 そういう理性は――――
 云い終わるった瞬間、器用にころりと身体を反された。
 うつ伏せにさせられて腰を引かれたと同時、そのまま本当に遠慮無しに衝きたてられた。
 衝撃に思わず声をあげてしまう。
「――っひ……ぃあ!」
「……ッく、」
 男は無理矢理の勢いで、自身を根元まで埋めて呻く。
 後から考えれば呻きたいのはこっちの方だったというのに。
「……っんあ、い……ぃ、ひあ!」
 もうこれ以上、奥へは進みようがないというのに、更に押し進めるようにぐりぐりと腰を押しつけられる。
 身体の奥深くを抉られて息が詰まった。
 腰を引かれると、ずるりと内臓を引き摺り出されるような感触。
 そしてまた直ぐ、内壁を擦りながら、塊が身体の中を貫く。
 折れるほどの力で背中から抱きしめられて、激しく揺さぶられる。
「や……う、あ、ぃやあ!!」
 頚をふる。
 凶器に近しいほどのそれに貫かれて、激しく抜き挿しされることよりも、渇きが辛い。
 まだ足りないのに、迂闊にも背後をとられて、食事を中断させられたことの方が辛い。
 中途半端に与えられたせいで、余計に飢えが増す。
「や……だァ、足りね…って、」
 繋がった処から聴こえてくる、体液の混じる濡れた音に聴覚を犯される。
 ただ欲しい気持ちだけが煽られる。
「も……っと、欲し……ぃ、」
「……ってめーは、何て声で啼いてんだっ、」
 後ろから伸びて来た手の平に口を塞がれた。
 その手に咬みつく。
「――――っつ、」
「ん……ふぅ、」
 痛みのせいか、男の腕に少しだけびくりと動いた。
 構わず咬みついたまま、その血を啜る。
「ン……く、ふ……んあぁ、」
 身体中に甘い痺れを運びながら染み渡る。
 本当に壊されてしまいそうなくらい激しく穿たれているのに、痛みも圧迫感も薄れていく。
「ん……っんや、ふ……やああ!」
 めちゃくちゃになる。
「――――っあ、」
 色んなものが、混じって、昂ぶって、衝動に塗りつぶされて、真っ白になる。
 キモチイイ――――
 腰や背中、身体の中心を這って脳髄に向かう痺れ。
 空腹が癒される。
 身体に力が満ちていく。
 すごく、キモチイイ…………
 全身を駆け巡るそれに、瞬間的に記憶を飛ばした。





20140418改(KTサイト90000打リクエストより)


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