秩序を無視するさま
軽率であるさま
また、度を過ぎて物事をするさま
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みだり
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ある日の真選組屯所内、某室。
「だから、たまには隊長や隊士同士で打ち合う以外の方法で稽古つけた方が、絶対いいって思いやせんか?」
新撰組の中枢メンバー、局長と副長、一番隊隊長が集合しての、名ばかりの会議。
「しかもほら、万事屋の旦那が強いのは隊内でも周知の事実ですし。どっかの誰かさんと違って。」
「うるせえええ!! アレは負けたんじゃねぇ!!」
「何云ってんですかぃ。負けたじゃねーですかアンタ。色々とぽっきり折られてたくせに、ナニ負けてないとかほざいてんですか。」
「刀が折れただけだ!! 心は折れてねぇ!! そもそも外から、しかも得体の知れねぇ民間人つれてきて剣術指南なんて出来るわけねぇだろ!? ちったぁ冷静に考えろ!!」
「……近藤さんは、どうやらノリノリですぜぃ?」
言うなり沖田は土方の後方を指差す。
土方が振り返ると、いそいそと刀どころか銃火器系の手入れをしている近藤がソコに居た。
「万事屋あああ……新八君の雇い主であるというだけであんなにもお妙さんと親しくしおってえええ!! 事故……そう、此れは事故だ!! 道場内で偶然銃火器類が暴発してそれに巻き込まれた態を装えば……、」
「…………。」
「ね?」
「――――っとにかく、屯所だぞココは。部外者の民間人がそう易々と入り込んでいい場所じゃねー事くらい解るだろ? しかも、あの万事屋だぞ? 桂と繋がってる可能性だって、」
「……その部外者の、民間人の旦那の声が、屯所内から聞こえることがあるんですよねぃ……。」
沖田の一言に、土方はぎくりとする。
「特に、土方さんの部屋のあたりから。夜中に。」
「…………、」
「気のせいか、いつもの旦那の声とは、ちょっと違う感じ何ですが……?」
土方が、だらだらとおかしな汗を流して目線を逸らす。
「聞き間違いだろ……。」
「挙句、明け方前に腰をさすりながら旦那が土方さんの部屋から出て行ってますよね。最近だと○日と○日と……、」
「っつーかてめぇいつの間に覘いてやがったああああ!?」
「人聞き悪ぃや土方さん。堂々と見ててました。部屋から出てきた旦那と立ち話しだってさせてもらいやしたぜ!!」
「なお悪いわぼけえええええ!!」
「そういうコトで、たまには旦那にも、健全な運動してもらった方がいいんじゃないですかぃ?」
「てめーには関係無ぇ。第一、万事屋が受ける訳ねーだろ、こんな依頼。」
「どんだけ旦那の腰ばっか鍛えさせるつもりだよ土方コノヤロー。因みに旦那からは、既にOKもらってます。」
「……んだと?」
「ここ何日間か、山崎に旦那の様子を徹底的に調べさせて、」
「オイ何を勝手な真似して――――!?」
「金銭的に弱り果てたところを見計らって丁寧にオネガイ申し上げたら、二つ返事で了解してもらえやしたぜ。」
「つけ込んだだけだろ其れ!?」
「ついでに、土方さんは既に了承済みだって、旦那には言ってありやす。」
「俺は一言もイイって言ってねぇだろおお!?」
そんな土方の肩に、沖田は、ぽん、と手を置く。
「土方さん。ぐちゃぐちゃほざいてねーで、諦めてくだせぇ。もう、決まった事なんで。」
「とゆー訳で、今日は特別!!」
場所は何故か、真選組屯所内道場。
「外部講師っつー事で、」
楽しそうに場を仕切る沖田。
「万事屋の旦那が稽古をつけてくれることになったぜぃ!!」
居並ぶ隊士達。
「気合入れていけよおめーら!!」
おおー、と腕を上げて盛り上がる、真選組の道場内の一同。
それとは間逆。
視線だけで殺されてしまいそうな勢いで、銀時を不機嫌に睨みつける、新撰組副長・土方。
そして土方の不機嫌の理由がわからずに、困惑する銀時。
俺は呼ばれて来ただけだっつーのに、何でそんなに睨まれなきゃならねーんだよ。
「じゃ、てきとーに皆やってて。とりあえず俺は見てるから。」
「や、旦那。イキナリさぼっちゃ駄目ですぜぃ。」
「っつーか、勢いで依頼、受けちまったのはいいけど、そんなに俺に出来る事って、なくね?」
銀時はちら、と壁際の土方を見る。
「アソコで睨みきかしてる、怖いお兄さんも居ることだし?」
「単なるマヨの置物でさぁ。気にしねぇでください。」
その一言に、土方の睨みが一層厳しくなる。
「それと、此れに着替えていただいて。」
「あぁ? このままじゃマズイのかよ?」
「一応は、剣術指南の外部講師ですからねぃ。それらしいカッコしていただかないと。」
「めんどくせーな。ここで着替えちまってイイのか?」
「どーぞ、どーぞ。男しか居ませんし。」
沖田は銀時には通常の笑顔を向け、振り返って土方には、ニヤリとドS全開の笑みを向ける。
実は密かに、道場内にいるほとんどの隊士が、銀時の姿に注目している。
全く気にせず脱ぎだそうとする銀時。
心の中で「何てこたぁ無ぇ単に着替えをするだけだ――――!!」と叫びつつ、だらだらと厭な汗を流す土方。
銀時がベルトを外し、するりと帯を解く。インナーに手をかけようとした、そのとき――――
「――――っ万事屋あああああ!!」
大声に、銀時の身体がビクリと震えた。
「え……何?」
「あっちで着替えろ。部屋くらいいくらでも有る!!」
有無を言わさぬ形相の土方に、銀時は別室へ押し込まれた。
それを見て、声を殺しながら腹を抱えて笑う沖田。
「総悟ぉ……、」
「着替えるだけですぜぃ?」
「てめェ、絶対俺への嫌がらせだろう?」
「何でそんなに隠したがるんですかね?」
「うるせーよ。」
着替えを済ませた銀時が戻ってくると、沖田は土方との会話をさっさと切り上げる。
「遅かったですねぃ、旦那。」
「あー、悪ぃ。」
「じゃあ先ずは、」
にっと笑って竹刀を構える。
「俺に一手、ご教授願えますかぃ? 旦那。」
「うわ、沖田君とはやりたくねーな。」
「こちとら、いつも同じ相手とばっかじゃ鈍っちまうんですって。」
「や、君は全然鈍ってないから大丈夫……って、」
沖田は銀時の話を聞かずに動き出した。
「いきますぜぃ。」
気の抜けた口調とは裏腹に素早い動きで踏み込まれる。
「――――っと、っぶねぇ!!」
竹刀の打ち合う音が響く、幾度かの攻防。
「んー、流石は沖田君……っと、」
銀時は言いながら、手加減無しに自分へ向けられる攻撃を捌く。
「相変わらずイイ太刀筋してんね……っ、」
若くとも隊長を務めるだけのことはある。
気を抜けばあっという間に一本とられてしまうのが、この沖田総悟という相手だ。
そして彼は、あっさり負けて、さっさと手合わせを終わらせようなどという真似を許してはくれない。
――――竹刀とはいえ、コイツに打たれたら、ぜってー痛ェにきまってる!!
沖田はまるで神楽と喧嘩をする時のように、やたらアクロバティックな動きで銀時を攻める。
つられて、銀時もつい派手な動きで相手をしてしまい、徐々に息があがってきた。
「っつーか……、けっこう疲れてきたんですけ……ど!!」
踏み込んで来た沖田の竹刀を受け、そのまま弾き飛ばす。
「――――ッ、」
体重の軽い沖田はそのまま後方へ飛ばされた。
一度、距離をとる形となる。
「あっち〜。」
銀時はその間に切らした息を整えて、いつもの癖で右半身の着物を肩からおろす。
うっすらと汗ばんだ、男にしてはキメ細かく白い肌が晒される。
汗で髪の毛が張り付いた項に、何人か息を呑む隊士が居た。
首筋から鎖骨につたう汗。
しなやかな腕の筋肉。
誰も気付いてはいないが、密かに土方が忍耐が、限界に近付く。
「あれ、旦那。」
「んあ?」
「――――其れ。」
沖田が銀時を指差した。
「え、何?」
「鎖骨の下のあたり、なんかついて――――、」
「――――っ!?」
銀時が慌てて、指摘された場所を手で隠した。
あらぬ行為の形跡である事は明白な、白い肌に、紅い痕。
「あ……と、これは、」
その瞬間。
ぶちっと、間違いなく何かが切れる音が聞こえた。
壁際にいた土方がずかずかと銀時の方に近寄って、はだけた銀時の肌を隠すように抱き寄せる。
「え……? ちょ……土方君!?」
そしてまさしく鬼の形相で、その場の全員に告げた。
「コイツの剣術指南は、此れで終いだ。後はいつもどおりやれ。」
「はあ?」
「訓練さぼったヤツ、切腹だからな。」
底冷えするような怖ろしい声に、当然、反論できる者など居ない。
「おい土方、何を突然、」
「てめーも黙れ。ちょっと来い。」
「はー……い、」
銀時はそのまま土方の自室の方向へ連行されてしまった。
呆然とする隊士の中で、呆れたように、ひとり、沖田は呟いた。
「まあ、わからなくもねーですけどねぃ。」
銀時のどこから出てくるのか、あの色気。
本人はそういったことに頓着しないのか、見ていれば垂れ流し状態だ。
銀時は新撰組の中でも人気があるから、居れば隊士もわらわらと寄ってくる。
土方と銀時が親しいのは周知だ。
付き合っているのではないかと噂する者もいる。しかし確かめるような勇気がある者はいない。そして当の本人達も、そういう事は口にしない。
実際土方は、近藤にも沖田にも銀時と付き合っているとは公言していない。
沖田に言わせれば、バレバレだが。
「この程度の事で……、」
銀時が連れ去られた方を見て、沖田は再び呟く。
「そんなに他に見られんのが厭なら、俺のモンだって、口に出して言っときゃイイのに。」
「てめェ、一体どういうつもりだ?」
「どういうつもりだって、ソレ、こっちのセリフなんですけど?」
訳がわからないまま土方の部屋に連れてこられた銀時。
気乗りしなかったとはいえ、折角の沖田からの依頼。
こんなふうに中断されては、気分が良い訳は無い。
「そんなに厭なら俺への依頼、許可しなきゃよかっただろーが。」
「俺が知った時には、総悟がお前に依頼済みで、近藤さんに許可とった後だったんだよ。」
土方が忌々しげに吐き捨てる。
「……まあ、確かに。気分のイイもんじゃねーだろうけどな。真選組と何の関係も無ぇ俺がこういう事すんのは。」
「其れも無くはねぇけどな。」
土方が嘆息する。
「俺が一番気に食わねぇのは、其処じゃねぇよ。」
「あ?」
「……ちったぁ考えて行動しろ。」
「わかってるよ。」
「わかってねーよ。」
不機嫌そうな表情のまま押し倒された。
「副長さんは、いったい何が気に食わないんですかぁ?」
はっきりしない土方の態度に銀時も苛つく。
「マジで自覚無しか?」
「だから何がだよ。」
銀時の肌に残る、少し前に自分がつけた痕を、土方は指先でなぞった。
「気安く他人に肌なんか晒してんじゃねーよ。」
「……ああ、これ、か。確かにうっかりしてたけど、女でもあるまいに、肌晒すなとか、」
「関係ねぇよ。」
土方は銀時の首筋に唇を寄せて、其処を強く吸いあげる。
「――――っ、おい、」
「てめーは、俺のモンだろ。」
「…………ひじかた、」
それは確かにそうだ。
公言してはいないが、現在、土方と付き合っている事になっている以上は、そうなるだろう。
銀時に、反論は無い。
「俺の視界にだけいればいい。」
だがその無茶な言い分に、苦笑する。
「其れは無理だろ。」
「ならせめて、不特定多数の居る場で、ああいうカッコにはなるな。」
「そうは言われましても、ね、」
「無駄に色気を振りまくんじゃねぇ。」
「はああ!?」
「欲情すんだろーが。」
汗ばんだ肌に、首筋に、あがった息に。
「おめーだけだろ。ソレ。」
「そういうお前を、他に見られんのが我慢ならねぇっつってんだろ。」
「ワガママ……。」
「今更だろうが。」
沖田君からはもらえそうにない依頼料は、こいつに何とかさせてやろう。
上乗せで土方に請求する依頼料の事を考えながら、銀時はそっと、土方と唇を重ねた。