SHORT STORY

back next MENU



 満ちる月から
 おりてくるひかり
 思いおこすのは
 やわらかな銀色

――――――――――――――――――――
 月露
――――――――――――――――――――

 深夜、寝苦しさに目覚めさせられた。
 エアコンを設置していない万事屋の夏は、昼も夜も暑さと湿度が辛い。
 夏の暑さは昼間より幾分やわらいだものの、それでもまだ、室内は快適な睡眠を得られる気温ではない。
 耐えかねて、部屋の窓を開け放つ。
 窓からすべりこむ夜風が、汗ばんだ肌に心地良かった。
 月明かりがさしこんで、室内を仄明るく照らしてくれる。
 この季節にしては珍しく、空気が澄んでいるのか、月が綺麗だ。
 ふと、高杉のことを思い出す。
 不思議なことに、晴れた満月の夜、アイツはふらりと姿を現す。
 紺青の空に、青白い月が浮かぶ夜。
 星ひとつ無い闇夜を好みそうなアイツらしからぬ、明るい夜空の下に。
 月明かりにさらされて物思いにふけっていると、珍しく眠気が失せてしまった。
 ベランダに出て、明るい夜空を眺める。
 ふいに、暗闇から鋭い殺気を叩きつけられた。
 視線だけを、殺気の放たれる方へ向ける。
 夜気に通る、はりつめた気配。
 僅かに眉根をよせる。
 気配を殺して、静かにベランダから玄関へ向かう。カラリと引き戸を開けてみれば、案の定。
 高杉が居る。
 斜に構えて、指先で煙管をもてあそびながら、ゆるりと口をひらく。
『よぉ。』
 声には出さずに唇の動きだけでと挨拶してくる。
 無言で外へ出て、後ろ手に玄関を閉めた。
「……無闇やたらと殺気をばらまくんじゃねェよ。」
 高杉の前を素通りして階段を降りる。
「気づくのはテメェくらいだろ?」
 すたすたと歩き出せば、高杉も後についてくる。
「こんな明るい夜に、ンな派手なガラもの着て出歩いて、」
 ちらりと後ろを振り返った自分は、寝ていた時の薄い着流し一枚だ。
 迂闊にも木刀を持ち出すのを忘れたことに、歩き出してしまってから気づいた。
「警察ナメてんのか?」
「それをてめェに言われたくはねぇな。」
「それか立場わかってねぇかのどっちかだろ。ナメてんだろうが、油断ならねーのだっているんだぜ。」
「あぁ?」
 何気なく放った一言に、高杉がぴくりと反応した。
 背後の足音が止まる。
 ぎくり、とした。
「まぁだいたいの野郎がしょうもないチンピラ警察二十四時だけどな。」
 軽い調子で返して、肩越しに、背後の高杉を窺う。
「幕府の狗ごとき、油断ならない……だと?」
 探るような視線が向けられている。
 動揺したが、表情は出さないように務める。
 いつもの、何を考えているのかわからない表情をはりつける。
 気づかれてから、自分でも気づいた。 『油断ならねーのだって、いる』その言葉にうっかり、特別の感情を混ぜてしまっていたことに。
 神楽が居る万事屋から、高杉を遠ざけておきたい。
 何処に行く当てがあったわけではないが、歩調を早めて歩き出すと、後ろからついて来る高杉の足音が突然早くなった。
 するりと追い抜かれて、腕を引かれる。
 流れるような軽やかな動作。にもかかわらず物凄い力で、路地裏の暗がりに引き込まれた。
「――――っ!」
 壁を背にして、高杉に押さえ込まれる。
「それで、」
 幸か不幸か、あたりに人の気配は感じられない。
「一応聞いておくが、」
 低い声で、問われる。
 とても気に食わないことがある時の、何とも形容しがたい高杉の表情。
 付きあいが長い人間にしかわからないこの表情を、久しぶりに見てしまった。
「どいつだ?」
「……なに、が。」
「居るんだろ? 真選組に。」
 てめェの、オトコが。
「…………は?」
 言葉という形にはしなかったが、明らかに高杉はそういう意味で問う。
「何でそうなる。居無ェよ。」
 迷わず即答した。
 確かに特別な感情が芽生えていることを自覚しながら、ついそれを言葉に滲ませてしまった。
 隠したくとも、誤魔化したくとも、高杉がその感情に感づいたなら、滲ませたそれを隠し通すのは不可能だ。
 それがほんの僅かばかりの、小さな感情の動きでも、見つけられたら暴かれる。
 高杉がその気なら、確実に。
 しかし、アイツとは、高杉が今問うたような、そんな関係じゃない。
 全く何も無かったとは言えないが、断じてアイツは俺のオトコではない。
「何で真選組に俺のオトコが居ることになるんだよ。」
 高杉は、誤解している。
 上手く説明しなければ、誤解される。とゆーか、既に誤解されている。
「幕臣なんぞに、てめぇがうっかり油断ならねぇなんて言うほどの人間が居るとはな。」
「居てもおかしくはねーだろ、武装警察だぞ。」
「……っは、」
 小ばかにしたように吐き棄てられる。
「幕府の狗ごときにか。そいつとは、もう寝たのか?」
「寝……て、」
 返す言葉に詰まった。
「だから居ねぇっつってんだろ。」
 高杉が喉の奥で笑う。
「てめェの嘘は、相変わらずわかりやすいな?」
「嘘は言ってねぇだろ。人の話はちゃんと聞け……よ、」
 高杉への抗議は途中から、唇を重ねて黙らせられた。
「まァ、幕府の狗には、興味なんぞ無ェよ。」
「だったら何でそうしつけーんだよ。」
 着流しの中に高杉の指先がすべりこんできて、肌を撫でられる。
「俺が興味あんのは、てめェだけだ。」
「――――っ、おめーの嘘だって、存外わかりやすいぞ。」
 気に食わないことがあれば、高杉は顔に出る。
 判るヤツには判る、といった程度だが。
 ほんの一瞬だけ、いつもの余裕そうな表情が、凍りついていた。
 口にすればひどい目に遭う予感しかないから、あえてその言葉は飲み込むが、本当は言ってやりたい。
「まぁ、挿れてみりゃわかるだろ。」
「……え? イヤ、待て。わかんねーから。落ち着け。」
 どこかでそう来る、とは思っていたが、やっぱり来た。
 相変わらず、脈絡もなく、突然にだ。
「で、誰なんだ?」
 指先が肌に這わせながら聞いてくる。
「お……っ前、マジで俺の話を聞く気ねぇだろ?」
「聞いた結果が、こう……だな。あんなアカラサマに隠しごとがありますってな態度をしといて、」
「――――っと、待……て、って、」
 脚の間に高杉のてのひらが滑り込み、揉み解すように中心を擦られる。
「――――ぅあ、」
 気持ち良いことには従順な身体が、あっさりと反応した。
「何が、無いだって?」
 好むところを刺激されれば、簡単に崩れ堕ちていってしまう身体。
「っあ、て……っめぇ、」
 いつもこういう手段に訴えられては、好き勝手にされてしまう。
 知り尽くしている動きに、どうしても逆らえない。
「冗談じゃ……ね、」
 こういう状況では睨みつけても、高杉を煽るだけだ。
 解っていても睨みつけずにはいられない。
「てめェは、身体に聞くのが早い。」
 どうせ最初からそれが目的で来ていたくせに、とは言わない。
 言ったところで、意味が無い。
 緩急をつけて刺激されると、声が零れそうになる。
 零れそうになる声を何とか抑えようと、高杉の肩口に顔を埋めた。
 月明かりの届かない闇の中で、身体が重なる。
 荒くなっていく互いの息だけが、夜の静けさに響いていく。
 痛みもあるのに、勝る快楽に呑み込まれて、必死で声を殺した。



「痛ェ……。」
 無理な体勢で無理な行為を行ったために、いつもよりよけい身体に負担がかかった。
 おまけに高杉は屋外だろうと屋内だろうと、準備が万端であろうとそうでなかろうと、手加減が無い。
「さっさと俺の質問に答えねぇからだろ。」
 さらりと言ってのけられた。
 いつのまにか、いつもの笑みで。
「だから言ってんだろが。オトコなんざいねーって。」
 第一、そんなことに関係無く、いつもヤりたいようにヤっていくだろうがてめぇは、と、心の中でだけ呟いておく。
 迂闊に口に出せば薮蛇だ。
 屋外でそう何度もコトに及ばれては敵わない。
「まぁ、予想はついてるからな。」
 けしかけるように言われた。
「おい、予想がついてんなら、今の行為は必要なかったんじゃねーのか?」
 因みに高杉の言う予想がついてる、とは、確信している、と同義だ。
 そしてそれは横からどのような口を出したところで、本人が納得するまで覆らない。
 しかし、先ほどのような、苛立った様子は最早感じられない。
 高杉は煙管に火を入れて、ゆったりと燻らせた。
「……おめー、自分が指名手配だってわかってんの?」
「あぁ、そういえばそうだな。」
 応える声は、穏やかだ。
 高杉の苛立ちがするりと納まってくれた理由が、さっぱり判らない。
 まさか本当に身体に聞いて、何かが判った訳でもあるまいに。
 ……いや、ありそうで、恐い。
 幾度も身体を重ねた仲だ。自分の知らないところで、勝手に高杉が何かを察知して、ひとりで勝手に納得していたとしても、おかしくはない。
 ありえないとは、言い切れないから怖ろしい。
 高杉の横顔をうかがってみる。誤解したままなのか、そうではないと判断してくれたのかは、その表情からはさっぱり読み取れない。
 口に出して問うのが一番早いだろうが、体力を消耗した後にコイツとの問答はゴメンでしかない。ヘタをうつと再び辛い体勢での体力消耗を強いられることにもなりかねない。
「ま、別に来るなとは言わねぇけどよ、」
 こちらからの追求は諦める。
 コイツは本当に、俺の話なんざ聞いちゃくれない。
 が、これだけは本気で注意しておく。
「目立たねぇようにしてくれよ、マジで。」
 自分に会いに来てうっかり御用、なんて状況だけは本気でゴメンだ。限りなく可能性が低くとも。
 その一瞬。
 ほんの少しだけ高杉が眼を見開いた。
 すぐに眼を細めて、くく、と可笑しそうに笑う。
「ヘマなんぞしねェよ。」
 月明かりと闇の狭間。
 月を仰ぐ横顔は、どうやら満足そうだった。





20130909改/


back next MENU